そこに余地があるから

なんとも切ない記事を見つけたので、それから派生した話を一つ。ジャンル的にはなんだろうねぇ、哲学に近いのかしら? とはいえ、そんな大仰な話ではない。

生きるという事は大変だ。それでも人類は社会というものを形成し、自然界の弱肉強食の世界からはある程度離脱することに成功した。とはいえ、この社会の中での生活がけっして誰にとっても幸せに過ごせるというものでもない。
戦争、いじめ、経済格差、様々な差別などなどの問題が社会の中に溢れかえっている。
結局のところ、これだけ科学が発達し、社会制度が発達しても、誰しもが食うために一生懸命だ。

なぜかくも、この世界は過酷なのか。

幼少の頃からそう思ってはいたけれど、その答えもたくさんあったように思う。弱肉強食というのもその一つだろうし、人間が持つ欲望・自己中心・妬みなどを揚げる場合もある。自然災害ももちろん原因の一つだろう。
ただ、これら全ては、一つの理由に集約できないか? と、漠然と思ってきた。

ところで(きん)という物質がある。我々の社会では価値の高い金属として有名だ。あの金は超新星爆発がないと生まれない元素であることをご存じだろうか? 恒星(太陽)が燃え尽き、自分の重力で大爆発を起こしたときの超高温や高重力で原子と原子がくっついて生まれたのが金だ。
金に限らずより重い原子は、すべて超新星で生まれる。また鉄を含むそれよりも軽い原子は、恒星の中で作られる。これらは水素ヘリウムが、恒星内部の高重力と高熱によって、元素合成が起きて作られるのだ。
夜空を見上げると、たくさんの星々が瞬いているが、あの中で、鉄ばかりでなく岩石の元となるケイ素や、硫黄塩素などなど様々な原子が作られているのである。

つまりボクらの足許にある地球、そしてボクらの身体を構成する物質は全てがあの星々の活動によって生まれたのである。その中でも特に金は、超新星によってのみ生まれた元素なのだ(恒星が全て最後超新星爆発をするわけではない)。
もちろん宇宙規模で見れば、超新星なんて至る所で起きてはいるが、その時生まれた元素がこうして宇宙の至る所に広まって、ボクらが住んでいる地球の中にも埋もれている。非常に浪漫あふれる話ではあるが、同時にこの原子たちの広まりに恐ろしさをさえ感じる。
あの広大な宇宙に、つまりこれだけの原子が漂い、そして宇宙の果ての果てにまで行き届いているのだ。

そう、これこそが、ボクらが生きることを大変にしている元凶なのだと気づいたのだ。

高校だったか中学だったか、化学の授業の時、物質は均等になろうとするというのを教わったと思う。偏りのあるものはなるべく平らになろうとする。もちろん、それが不可能な場合もある。せき止められていたり重力があったりして、平らになれないこともあるが、とにかく物質はまんべんなく混ざろうとするのだ。そして何もない場所があれば、もちろんそことも混ざろうとする。つまり広がろうとするのだ。
だから、宇宙中に水素とヘリウムだけでなく、恒星によって作られた様々な物質が広がっていった。広がれるところがあれば、そこに原子はどんどんと広がっていく。そう、そこに自分たちが入る「余地」があるからだ。
これとボクらの社会となんの関係があるのか?

生物もまた、そこに余地があれば入ろうとするのである。

生きるためにとか、生存圏獲得のためとかではなく、そもそも我々はというか、物質はどこまでもどこまでも広がっていこうとするものなのだ。そこに入り込める「余地」があれば、勝手に入っていってしまうのである。
思考や哲学は関係ない。原子も、分子も、元からそうなのだから、それらで構成される遺伝子もまた同じ性質を持ち、そしてその遺伝子で作られたボクらもそうなのである。ちょっとでも隙があったら入り込む。そこにすでに何かあるなら、追い出したり融合したりしてやっぱり進出する。
欲望とか利己的とかなどというのは思考を持った我々が考え出した後付けの理由であって、そんなものがなくても、我々(というか、我々を構成する物質)は、広がり、そこに何かあれば侵略し、もしくは融合し、そしてまた広がるものなのである。
つまり人間が他人をおしのけて自我を押し通すのは、ずばりそのまま元素が宇宙に広がっていくことと同じことなのだ。金持ちが満足せずに搾取を拡大するのも、国家が空白地帯や他国に侵出するのも、弱者を追いやるのも、はたまた宇宙開発に乗り出すのも、全ては余地を求めて広がろうとする物質の本質なのだ。だからこれから先どんなに社会が成熟しようとも、過酷な世界なのは変わらないのかもしれない。少なくとも宇宙が生まれて 138 億年、ずっとそうだったのだから。

だけれども我々はその広がろうとする物質によって、知性を得た。その知性もまた広がろうとすることに支配されてはいるものの、異なる思考や思いができるようになってきた。138 億年かけて宇宙が生み出した、新しい概念・新しい仕組みかもしれない(もちろん、知的生命体は過去にも生まれて新しい概念を作り出せていたかもしれないが)。
それが正しいことなのか間違ったことなのかは解らない。間違っているなら、やはり広がろうとする物質たちに駆逐されて終わるだろう。
しかし、間違っていないなら、もしかしたら、新しい物質の法則が生まれるのかもしれない。ボクはそれに期待している。

などということをしゃぶしゃぶを食いながら考えて……いたワケでもないが、ゆず庵に行った!

One thought on “そこに余地があるから

  1. 失われた星の遺物を求めて現生生物が殺し合うなんて、まるで呪いじゃないですか。

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