本能は思考を求めていない

すごいトートツなツイートなんだけど、要するに便利になればなるほど人って思考を放棄していってるよなって思っただけ。わかりやすく説明すると、たとえば普通に電灯。これの仕組みなんて知らないけど、だいたいは家とかに付いてるじゃない? でスイッチを入れれば、つく。でもどうして光るのかなんて知ってる人なんて、とても少ない。
知らなくても使うことが出来る。科学の勝利だ。

これは娯楽にも言えるのではないかと思っている。その辺は、この記事に詳しい。昔の娯楽は前提知識がかなり必要だった。

でね、このあいだ知人からなかなか興味深い話を聞いた。彼女は漫画のアシスタントであり、比較的シリアス系ストーリー系の漫画に携わっている。ボクなんかよりも世間に出ている漫画や小説を読み、また大手出版社との編集との打ち合わせなどにも顔を出している人間なのだが、曰く、素晴らしい作品よりも刹那的なネタになる作品の方がよく売れていると言う。

もう少し詳しく説明すると、素晴らしいシナリオ、そして素晴らしい絵、それらを満たした作品は確かに評価が高い。誰しも評価してくれる。しかし買う作品は何かというとそういう作品ではなく、一発ネタやエロネタで誰しもが理解でき、同じ感情を抱ける作品が売れていると言う。

特にエロの効果は大きく、内容も絵も大したことないのにパンツや脱衣が多いと言うだけで部数が伸びる。

これはコミュニティにおいて作品を語る必要があるからだと分析する。前者のような素晴らしい作品の場合、「どこが面白いのか?」「何が素晴らしいのか?」というのを説明する必要がある。しかし後者のような作品の場合、「こそあど」で表現が済んでしまう。「○○のアレ、面白かったよね」とか、いや、アレの部分さえもいらないかも知れない。「○○、面白かったよね」で通じてしまう。また、作品を知らない人に勧める時も後者の作品の方が圧倒的に勧めやすい。

彼女自身も、自分が好きな作品というのはあるし、アレが素晴らしい、コレが素晴らしいとは感じるものの、いざ買うとなるとやはり後者のような作品の方に偏りがちだという。動機はシナリオはどうってことないけど好みのキャラがいるとか、そんな程度だ。でもそちらの方が手放しに楽しめるし、その気持ちを他人と共有しやすい。

さらにボクが感じているのが、一作品への思い入れだ。今やお客さんは色んな娯楽に囲まれている。ソシャゲに、漫画に、アニメに、映画に、自分自身の趣味に、エロに……。とにかく娯楽が豊富だ。そうなってくるとじっくり考えさせられる作品なんかいらないし、やってる余裕もないだろうなぁって思う。
特に頭を使わなくてよくて、面白くて、スカッと出来て、いい気分にさせてくれればそれでよいのだろう。

また Photoshop が HEIF に対応してくれないっていう話。
懲りずに言い続けるぞ! さっさと対応してくれぇぇぇぇぇ!!

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