「たまにはこっちで泊まりましょうか?」
店で夜を過ごそうと提案したのは、少女の方だった。
どうせ朝になったら店を開けなくてはならない。
「でも、ベッド、一つしかないですよ?」
帰り支度をしながら、トーヤが思案した。とはいえ、別に自分は床に寝てもイイかというアイデアを思いつき、帰り支度をとりあえずやめた。
「一緒に寝ればいいじゃない」
ところが少女の答えはトーヤの予想と異なったものだった。
「え!?」
思わず声を上げる。
「ちょっと狭いけれど、トーヤだって小柄な方だし、私は見ての通り子供だし、きっと大丈夫よ」
そういってベッドルームへと駆けていく。
「せ、先生……」
ちょっと焦りながらも、トーヤが後を着いていった。
二階のベッドルームはシングルのベッドが一つ、ポツンと置いてあるだけの何もない部屋だった。
一応窓辺に、トーヤが生けた花が寂しげに置かれている。
店に飾ろうと、いくつか花も摘んでいたのである。
「ほら、ここのベッドは日光が当たるから、気持ちいいわよ?」
少女が掛け布団に顔を埋めて嬉しそうに笑った。
「ボクは床で寝ます」
そんな少女の言葉を尻目に、トーヤは自分のローブを床に敷き始めた。
「えー……」
少女が悲しそうな表情をして、足をばたつかせた。
その仕草はまさに少女らしい。
「狭いじゃないですか。それに……」
トーヤはなんだか恥ずかしかった。
子供じゃないんだから、一緒に寝るなんて。それに一緒に寝る相手は見た目こそ少女だが、自分が尊敬する……いや、あがめてもいいほどの大魔法使いである。一緒に寝るなど、畏れ多いことこの上ない。
「あ、ひょっとして!」
顔を赤くしたトーヤを見て、少女はポンと手を打った。
ギク。
トーヤが焦る。
「私に恋しようとしたって、ダメよ!」
ところが少女の言葉は、トーヤにとっては見当違いの応えだった。
でも、少なくとも少女は真剣なように見えた。
恋愛ごとに関しては、この目の前の少女はすごく疎いことをトーヤは何となく感じていた。
少女が自分の何倍生きているのか皆目見当は付かないが、こと色恋事とかその営みのことになると、まさに見たとおりの少女のようなあどけなさと未熟さを見せるのだった。
しかも当の少女は、それで自分が今まで見てきた常識と言わんばかりに振る舞うので、こればっかりはトーヤも苦笑してしまうのだ。
「はいはい、別にそんなんじゃないですよ」
なんだか逆に自分の方がイニシアティブをとった気になったトーヤは、少女のことなど無視して、寝る準備をする。ローブを敷いて、それから上着を脱いで、持っていたバッグで枕をこしらえる。そして寝心地を確かめるように横になった。
「む……」
納得がいかないのは少女の方である。
てっきりトーヤが自分のことを異性として認めてくれているのかと思い込んでいた所に、この仕打ちである。
自分のことをさっさと無視して床に寝っ転がるとは何事か。
少女はそのままトーヤの上にダイブした。
「わっ!」
「この───! 一緒に寝なさいって言ってるでしょっ!」
ジタバタとトーヤの上で少女が転がる。
「べ、別にボクは床の上でも大丈夫ですから……」
もう、すごい人なんだか幼稚な人なんだか、子供なんだか大人なんだか……。
「私と一緒に寝られないって言うの?」
トーヤに馬乗りになると、むーっと口をとがらせて、少女はトーヤの顔をのぞき込んだ。お互いの唇が触れるくらいまで二人の顔が接近する。
たぶん何を言っても、今の少女には通じないかもしれない。
でもそれは、彼女なりの愛情の表し方なのかもしれない。
「はいはい」
相手をするのも面倒になったトーヤは、起き上がった。
「もっと嬉しそうにしなさいよー、稀代の魔法使いが一緒に寝てやるって言ってんだから!」
そういう問題かなぁ……とトーヤは心の中でつぶやきながらもベッドに移動してみた。
なるほど、敷き布団も毛布も太陽の香りがほんのりとしみていて、心地よかった。
そして何よりも柔らかい。
少女がこのベッドで寝るように勧めた気持ちを少し理解して、トーヤは心の中で少女に謝った。
「えへへー!」
あとから入ってきた少女が、トーヤの胸元に顔を埋めて嬉しそうに笑った。
何が嬉しいのか……トーヤはちょっと解らなかったが、稀代の魔法使いがこういう笑顔をするというのは、実はいいことなのかもしれないと思った。
そしてこんな些細なことで、この小さな魔法使いが喜んでくれるのなら……とトーヤは思った。
以前少女は、世捨て人とか、人との関わりに愛想を尽かしたとか言っていた。
でも実は、そうでもないのかもしれないとトーヤは思うのだった。
だって自分のような弟子をとってくれたのだから。
トーヤはそう思うと、なんだか嬉しい気持ちがこみ上げていた。
「明日は、またお客さん、いっぱい来ますよ」
トーヤがささやくように少女に話しかける。
少女はもう寝てしまったかもしれない。
トーヤはさして答えを期待してはいなかった。
「じゃぁ断り方を、私が教えてあげる」
半分寝ぼけたような呂律のハッキリしない声。
「はい、お願いします」
でもトーヤはハッキリと少女にそうお願いした。
「うんうん……」
聞いているのか、聞いていないのか、少女の声はますます曖昧だった。
「おやすみなさい、先生」
最後は声に出さずに、トーヤはそっと心の中で少女に話しかけ……そしてゆっくりと目を閉じるのだった。
了