Apoptosis III / rain forest

それからどれくらい飛んだだろうか。
時間にしてみたらそう長いこと飛んでいないことを、トーヤは何となく陽の傾きから知った。
でも移動距離は半端じゃない。
フォルホクの沢は北に五〇kmは飛ばないとつけない、トーヤが薬草を採りに行く場所としては最も遠い沢の入り口だった。
普段のトーヤなら、ここに来るだけで三~四時間はかかってしまう。雨の降っていない日を選んで、午前中に出発しないと来られない場所だ。
もっともこの森自体は、ここからさらに五〇km北に進んでも終わることがない。実際、トーヤ自身もこの森がどこまで続いているのか皆目見当が付かないくらいこの森は広大なのだった。
「ん~~~~……っ!!」
少女が長い金色の杖を振りかざして大きく伸びをした。
飛んでいる間にいくつか跳ねた水滴が、彼女の髪の毛をつたってキラリと光る。
天は相変わらずの曇り空。
けれどもここは少し森が開けていて、幾分明るかった。
フォルというのは落ちるという意味があって、ホクは集まると言う意味らしい。
確かにこの辺りは丘陵になっていて、地面が落ち込んだ所で幾つもの沢が合流しており、トーヤ達の目の前にささやかな沼を創り出している。だから森が少し開けているのだった。
ただ湖と言うほどは大きくはない。
ここにはシダや広葉樹達の間にたくさんの薬草に使える植物が所狭しと自生している。
豊かな水と、ささやかではあるが森の中よりも太陽の光が届くからだろう。
沼の周囲は湿地のような状態になっており、普通に足を踏み入れるとズブズブと底なし沼のように沈んでしまう。
ここでは空中浮遊の呪文が欠かせない。
「さて、じゃぁさっそく摘みましょうか」
少女はそういうとまた二、三言呪文を唱えた(Plant Control, Detect Magic, Speak with Animals)。
それは一瞬の出来事で、トーヤにはまったくもって理解できなかった。
そもそも少女の呪文は速すぎる。
トーヤが一分や二分かけて行うような魔法も、少女はほんの数秒で、いや場合によっては一秒もかからずにかけることが出来るのだ。
その魔法の仕組みそのものを、トーヤはまだよく解っていなかった。
「何ボーッとしているの?」
少女がトーヤに歩み寄ると、下からトーヤの顔をのぞき込んだ。
「あ……いえ、なんでもないです……」
慌ててトーヤが顔を背けて視線をそらす。
「なによなによ?」
すると少女がトーヤの顔を追っかける。
「な、なんでもないですってば~~~」
今度は少女を押しのけようとするが、トーヤの腕は空を切るだけ(少女の身体は何重もの魔法障壁に守られており、普通に触れるだけでも困難である→ AC:-24)。
「わわっ!」
バランスを崩して危うく転びそうになるが、まだ飛翔の呪文が残っているせいか、勝手にバランスを取り直し、トーヤはくるんと身体を回転させて、また元の立ち姿勢に戻った。
「あぶないあぶない……」
額の汗をぬぐうと、フゥと溜息をつく。
「まったく、何を考えていたのかしら……」
少女は呆れると、沼の縁にそって歩き始めた。
「あ、ま、待ってくださいよ~」
トーヤがあとを追う。
「わっ……」
そこで自分の前を歩く少女の姿を見て、トーヤは思わず立ち止まった。
少女の向かう先には、いつの間にかたくさんの動物が立っていた。
まるで少女が来るのを待っていたかのように。
空を見上げれば、鳥たちも悠々と空を旋回していた。
トナカイに野ウサギたち、クマやキツネにオオカミ。足許に目をやれば、小さなハリネズミなんかもいる。
絶対に一緒にいるはずのない動物たちが、少女を取り囲んでいた。
「ありがとう。でも、あなたたちはあなたたちのことをしてていいのよ?」
嬉しそうに笑う少女。
「もし暇なら、薬草の場所を教えて?」
その言葉をちゃんと理解しているかのように動物たちはそこここと薬草のある場所へ走っていく。
「トーヤ、手分けして摘みましょう? でも、全部とっちゃダメよ?」
「わ、解ってます」
少し圧倒される。
けれどこれが少女の力。
そして少女がいかに森にとって大切な存在か。
また、森がいかに少女を大切にしているか。
その証だった。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。