警察に通報すればいいという常識が通用しない世界

アメリカでは今、コロナ禍の中、黒人の暴動が広がっている(というように、日本の報道からは見える)。
またかという思いもないわけではないが、少し広がり方が性急すぎるように見えるし、民主党陣営や、はたまた中国共産党が広めているという噂まで出たりしていた。
トランプ大統領はシェルターに避難しただとか、軍を動かすとかなにやら不穏な空気も……。

とはいえ、これらは報道やネットの情報を通してのことなので、現場の空気感は解らない。
ただ、これらの情報では、秩序を取り戻すための努力がなされてないようにも見える。

そんな折り、こんな記事に出会った。

なるほど! と、ボク的にはいろいろ合点がいった。
まず根本的な常識が異なること。それは何かというと、ボクらはたとえば身に危険が及んだとき、警察に通報するという常識を持っている。自分だけでなく、誰かが暴行されているのを見たら警察に通報したりする。
警察とは我々にとってそういう存在だし、安全・秩序を維持するためのパワーだと信じている。

しかし黒人にとってはそうではない。アメリカではそもそも行政・国家権力そのものが黒人を差別してきたし、黒人に不利なことをしてきた。だからたとえば自分に身の危険が迫っていても、「警察に通報する」という常識はないのだ。通報したら警察官も敵になってしまうこともある。黒人たちはそう感じているのである。
黒人が大統領になれる国なのに、である。

もちろん全ての黒人がそう思っているかはこの記事からは読み取れなかった。

ただ、このボクらとは異なる常識を知った上で、今回のデモや暴動をみるといろいろ腑に落ちる点はある。たとえば暴動をなぜエスカレートさせるのか? それは行政側にも、警察が黒人たちにとっては信頼できるものではないことを知っているからだろう。秩序を保つために投入しても、それは弾圧にしか見えない。そしてそれは行政側の人間に黒人が少ないと言うことを表してもいる。
黒人というか少数派の暴動からの秩序の回復は、先進国ではなかなかセンシティブな問題なのだなと感じた。

もちろん、この暴動の中には便乗している者も多いだろう。
それに暴動を由としない黒人だってもちろんたくさんいる。

ただ、なぜ暴動が起きるのか、について、ボクらは歴史や差別されている人達の立場をいろいろと勉強する必要があると改めて痛感した記事である。ただ闇雲に、そして感情だけで彼らの暴動を批難するべきではないし、その背景やそれしか手段がないことについての悲劇をしっかりと受け止める必要があるのだ。