画像ばかりが現実に近づくけど…

RPG の戦闘なんかはコンピュータの制限もあって、パーティ vs パーティという構図になりがちだ。しかもパーティの人数以上、敵も出てこない。
アクション RPG や FPS 視点の場合はその限りではなくて、フィールド上にウヨウヨ敵がいるので一対多という構図は珍しくなく、こちらの方が現実に近いかもしれない。

もっとも人間がどれだけ長い間フルで戦えるかという問題があり、これに真剣に取り組んでいるゲームは少ないかもしれない。
長時間戦い続けるには本人の力量のみならずバックアップや仲間が必要だ。
ただ中には五日間戦い続けて敵の国境を抜けた化け物が現実にはいたりする。しかも砂漠で。この人は特殊部隊員(SAS)だった。

話をパーティ vs パーティに戻そう。
例えば 5 人 vs 5 人で戦闘に突入した場合、三人も倒されたら残りの二人は降伏するかトンズラを選ぶのではなかろうか(何か忠儀があったりするのならともかく)。またリーダーを一撃で仕留めて残り 4 人の戦意をそぐという方法もある。

何が言いたいかというと、コンピュータ ゲームの RPG の場合、最後の一人になっても戦い続けるなーと。
たぶんほとんどはそうならないんじゃないかなーとふと思ったというのが上のツイートだ。
つまり三人倒したところで戦闘は終了させ、金やアイテムをもらう代わりに残りの二人を逃がすとか(もちろん皆殺しにしてもよい)、一人の HP が半分以下になったらそいつを後方におしやるとか、そういうのをそろそろやってもいいんじゃなかろうか? コンピュータの計算能力もあがったことだし。もちろん操作がめんどくさいと思わせるようなことはしてはダメだけど。

ゲームというのは現実の抽象化だ。そこはそういうことにしていこう(ルール)、というのの積み重ねで成立している。
が、ルールが破綻しないのであれば、現実に近づけられるところは近づけた方がよいとボクは考える。
だから映像なんかも進化して、現実に近づいてきたわけで。

他人の家に入って勝手に引き出し開けてアイテムをゲットできるのは、コンピュータの計算能力や容量が足りなかったからであって、今ならもっと現実的な表現ができる。そういった部分で、まだまだゲームでやれることはたくさん残っているんじゃないだろうか?

ミスタードーナツの不思議

ボクはドーナツが好きだ。理由はデブだからだ。デブはドーナツが好きだ(偏見)。ドーナツが嫌いなデブはこの世にはいない(ただの偏見)。
そう言う意味でミスドも好きだ。ドーナツ屋さんの中で一番好きかと言われると、それはそうでもないのだが、それでも基本的にはミスドが好きである。

そのミスドだが、どんどんと閉店しているらしい。
そしてずっと赤字らしい。

なぜだ!?

だってミスド買いに行くと、いつも並んでる。
しかも限定品を買うのは大変だ。夕方とかに行くとまず売り切れている。「限定品を買おう!」という強い意志と行動が伴ってはじめて入手できる。ボクみたいに、テキトーにフラフラ入って、「あったら買うか」なんて程度の動機ではまず買えない。

なぜだ!?
どんどん潰れてるのに!?
なんで買えない??
人気ないんじゃないんか!

ミスドが赤字なんて、ウソだ!!!

って思うんだけど、これだけ人気なのになんで赤字なんだろうね。ほんと経済の世界ってわからんわ。

こちらはおまけのツイート。

エンジェリックリンクとディスガイア RPG

時々起動しているブラウザゲー。エロゲ色が強い作品(とはいえ、エロはない)なのでなんとなくやってたんだけど、ツイートしたキャラが出るまでやろうなんて思ってたら、出たので、引退した(笑い
いちおうこのキャラは★ 5 にはした。

このひとの絵はクセもなくて親しみやすくて、いいですね。

一方、こちらはディスガイア RPG のレイド戦。
悲しい……。

税金と果香音

どうにも今の行政(立法)は税金を上げることしか考えてない。国の収入を増やすには手っ取り早い方法ではあるが、これでは国民が疲弊してしまう。
本来とるべき政策は、国全体を豊かにし、法人税や所得税で税収が霑うことではないだろうか? あの手この手で金を搾り取ろうとするのではなく、企業も国民も金が余って仕方ないくらいにまで持って行ってほしいものだ。

そうは言っても、そうするにはどうすればいいのか、政治家も解らないのだろう。

そりゃそうだ。おまえら、コンピュータのこと何も知らないからな。
もはや工場を建てて何かを大量生産したり、開墾して作物を大量生産したり、資源掘って大量に輸出したり……そういう方法で国を豊かにする時代は終わりを告げようとしている。今までのやり方をやってただけではどうしようもない。アメリカを見てみろ。台湾も、香港も、そして韓国も、コンピュータを制した者が経済を制している。
が、政治家がバカでも楽な方法はある。それは天才に頼ることだ。抜きん出た人にとにかく活躍してもらうことだ。

我々人間は「真似」がうまい。
誰か天才が道を拓けてくれれば、凡人はそれを真似すればいいのだ。
そうすれば日本全体を豊かにすることができるだろう。

出る杭は打つ。ではなく、出る杭はどんどんと伸ばして、特別扱いして、成長してもらい、ボクらはその後に続けば良いのである。

ところで「日本の借金は問題ない」「金を刷ればいい」と言う主張をよく聞く。その根拠とかもいろいろ聞くわけだが、それならば税金上げなくてもいいんじゃないのか、とボクはいつも疑問に思う。税収が少なくても金刷ればいいんでしょ? 借金も問題ないようだし。でも財務省がそうしないのは、やっぱり借金も問題だし金を刷ればいいという問題でもないのではないかなぁと思っているのだが……その辺、識者の意見を伺いたいところだ。

妹のパンツがほしいです。

あんこ食いたい。

そしてローソンで見つけた果香音というクロワッサン生地の鯛焼きがおいしかった!
これめちゃ美味しいよ!
でも、もう二度とお目にかかることはなかった。通販で買えるようだけど……送料がなぁ……。

床が冷たいので冬はスリッパ履いてるんだけど、今冬はよく階段で蹴躓く。
今までこんなことなかったのに……。老いかなぁ。アルツハイマーの前兆とかだったらやだなぁ……

下の写真は昨日のなんだけど、ふと横を向いたら止まっているのをみつけたサビ塗装のウィッシュ。確かどこかで取材されてた気がする。まさかこの辺を走っているとは思わなかった。嫌いじゃないのよね。

貧乏がみんな悪いんや

NHK の件に限らず、携帯電話代のことで騒いだりとか、要するに日本国民が貧しくてこれらの金をぽんぽんと払えなくなったということなのだろうな。ここで政府が取るべき方策は携帯電話代を下げることではなく、日本国民が月 8000 ~ 1 万円くらいの携帯代金なんかポンと払えるくらい日本国民を豊かにすることなのだが……どうにも、そっち方面には舵を切ってくれない。

まぁ完全に税金での運用に移行するか、スクランブル放送を導入して金を払ってる人にだけ見せるようにするか……かね?
スクランブルにした場合、受信料は跳ね上がりそうだ。
個人的には過去のも含めてネットでいつでも見られるようにしてくれれば、月 3000 円くらいは払ってもいいかなぁと思っている。Netflix とかって月 1000 円とかだけど、過去のが全部見られるわけでもないしなぁ。期間限定番組とかもあるし……そう考えると NHK アーカイブスで過去の放送分すべて見られるようにしてくれれば月 3000 円、いや 5000 円ぐらいとってもボクはいい気がするなぁと思いつつ。

SDGs に対する、ただの偏見話

SDGs という言葉がマスコミや企業などから聞くようになった。
まーた、怪しげなモノを……と思わんでもない。ボク自身は余り乗り気ではない。確かに我々はこの地球環境を変えてきた。それは紛れもない事実だ。ちなみに生物による地球レベルの環境汚染というと、27 ~ 32 億年ほど前に遡る。一部の生物光合成によって酸素を地球の大気に供給し始めた。この生物は次第に 27 億年ほど前までに大繁栄し、逆に酸素を必要としていなかった生物は大打撃を受けたのだ。
人間が環境汚染をしたために他の生物が絶滅していくのと同じ構図が、すでに 32 億年前から起きていたのである(ぁ
なので人間が環境汚染をするのは、生物として仕方ないのないことなのである<マテ

それよりも、だ。この環境汚染を──まぁ汚染なのかどうかはさておき──科学の力で改善していこうぜっていうのがボクの考えだ。たとえば海中や大気中の二酸化炭素を還元して炭素と酸素に分ける技術に投資したり、そもそも二酸化炭素やメタンなどの温室効果ガスを排出するものを改造して発生そのものを抑えたり。

しかし SDGs はそもそも「がまんしましょう」っていう要素がある。しかもそれはさ、末端のボクら利用者に対してだ。SDGs を声高に叫ぶ企業どもも我慢を強いられているのかどうかは、よくわからんw し、そもそも金儲けの仕方自体がよくわからんことになっている。たとえばテスラなんて排出権取引で儲けてたりするわけで、なんというか、金融なんかもそうなんだけど、アレだよね、素人から見たら詐欺とかマネーロンダリングみたいなものに見えてしまうw それは実質的な経済といえるのか? みたいな。

でもそれでお金が回っているのだから、経済学的には間違ってはイナイのだろう。ボクがバカなだけなのだろう。

でね、まぁ、結局の所、環境改善を金儲けになんとか転嫁すれば、みんな環境改善のために動くんじゃね? っていうのが SDGs だと思う。
あとは GAFA のような企業を作れなかったヨーロッパがなんとか金をせしめるために考え出した概念?
それが SDGs なのかなーっていう、ただのボクの偏見である。

まん防と格差社会とシモジマ

おまんこ防衛のことをまん防だと思っているバカがここに。
ところでいつまで経っても、基本、行動制限なのね。いや、別に COVID-19 をインフルエンザ並の病気にまで下げろとか、コロナは風邪とか言う気はさらさらない。そうじゃなくて、すでにこの新型コロナウィルスを絶滅されることは今の科学・医学では不可能なのだから、こいつらがいても生活できるような方法を模索してくれよって話だ。

これはある程度国が旗を振ってくれないと、個人や私企業だけではやりにくい。

コロナ禍に突入してすでに三年目。行動制限を呼びかけるだけじゃなくて、もっと能動的な対新型コロナの生活方法や防疫体制・対策を積極的に開発、取り入れていってほしいのだが……。

あとあれね、世の中、けっこう注射嫌いな人って多いのね(笑い
いや、嫌いなのはいいけど、それでワクチン打たないっていう判断なのが個人的には面白おかしいし、ある意味閉口もする(なにかポリシーがあってワクチン摂取しないのは別に良いと思う)。なぜ閉口するかというとつまりその人は「嫌い」という理由で様々なことに取り組まない人の可能性が高いからだ。

ところで愛媛県はまん防とかやらないらしい。いいなー。

パーティ全体に影響を及ぼすスキルってゲームではいろいろあって、簡単に言うと攻撃力が増すとか、状態異常にかかりにくくなるとか、行動速度が速くなるとか。俗にバフという。で、これらを現実に当てはめるとどういう現象なんだろうか? っていうね。解りやすいのは「鼓舞」だ。ジャンヌ・ダルクは明らかにフランス軍を強くしたと言ってもいいだろう。
また開戦前の将軍や国王の演説も同じような効果があるし、指揮官が前線に立つことも、兵士たちの士気を高める。。

つまり人間はモチベーションと環境によって、戦力が大きく変わり、バフとはそれを表現したものと言える(バフはそれだけにとどまらず、魔法的なものドーピング的なものも含むが)。

すると、こういったことは人間以外でも起きうるのだろうか?
群れで行動するオオカミ、象、ライオン、はたまた蟻や蜂……これらもやはり象徴となるような存在が、種の存続に大きく関わっていそうだ。つまりは、生き残るためにはこうした精神的シンボルの存在が必要であり、すなわち集団とはリーダーという存在を欲しているということにもなる。

ということはだ、格差が生じることもまた、種を存続するために必要なことなのかもしれない。

あぁ、なんか話がずれたな。そっち(社会学)の方に話を持って行く気はなかったのだ……翻って、AI などの機械はどうなのだろうか? モチベーションというものは必要ないように見える。常に一定のパフォーマンスを発揮できるのが、機械の強みだ。今日はやりたくない気分だからとかいう理由で機械の調子が悪くなるなどということはない。

が。

機械でも環境の影響は大いに受ける。それは、湿度・気温・エネルギー源の質だ。エンジンは湿度・気温、そして燃料の質でパフォーマンスが変化する。モーターもしかり。さらに言えば、電気を通す銅線や電気をためるキャパシタなども環境の影響を受ける。しかしデジタル回路はそれでも比較的環境の影響を受けにくい存在となった。もちろん一つ一つのパーツは影響を受けているのだが、適用する信号の種類が少ないため(極端な話、0 か 1 さえ解れば良い)、各部品のパフォーマンスが少々ぶれたところで、装置全体に影響することはないからだ。
そしてその上で作り上げられた AI というものは、もしかしたらモチベーションというものは関係ないかもしれない。少なくとも、モチベーションというものを学習しない限りは(ぁ

ただしデジタルの世界も、高クロック化・微細化が進んだせいで、環境の影響は受けやすくなりつつある。というのも 0 と 1 の境界がかなり近づいてきてしまっているからだ。だから環境の変化によって、 0 だったものが 1 になってしまう……なんてことも起きてしまう世界になってしまってはいることは補足したい。

車を走らせていると時々見かける『パッケージプラザ』というお店。様々な包装紙や封筒・梱包材などを売っていて、割と楽しいお店だ。
少なくとも数時間は時間が潰せる(笑)。
ボクが住んでいる周辺にもいくつかあるのだが(店構えは、こんな感じ)、あれがボクがかつて働いていた浅草橋にあったお店『シモジマ』の系列店だというのを初めて知った。

マジか。

しかもボクがシモジマを知ったのは、浅草橋で働くようになってからで、パッケージプラザはその前から知っていた。というのも、同人即売会などに出店するときにお世話になっていたからだ。シモジマには浅草橋にいた頃は本当にお世話になったが、まさかその前からずっとお世話になっていたとは……なんとも不思議な気分であった。