モラルいろいろ

シャープがマスクを作ると言うことでマスコミの報道もあって、販売サイトが落ちたりとかしていた。
まぁ確かにマスクは全然売ってないので注文が殺到するのは仕方ないとは思うのだが、なんだかモヤモヤする気持ちもある。

それはマスクをすでに持ってる人も、シャープ ロゴ入りのマスクが欲しくて応募してるだろうっていう……。
そういう人は注文するのを控えなさいよ……と思いつつ。

コロナ騒ぎでなんだか妙な現象もニュースで目にするようになった。
上のツイートの記事にある脅迫もなんだかようわからん。
脅迫すると言うことは後ろめたい気持ちがある、ということだろうか? つまり COVID-19 になっているが、岡山県に用事がある(または通過する)人がある程度いる、みたいな? もしくはただの暇人だろうか?

もっとも岡山県知事の言い方も良くなかった。挑発的だったのだ。
挑発するよりもみんなの心情に訴えかける言い方はあったように思うが、その程度では思いとどまる人も少ないのかもしれない。だから上の今日は雲、ただ単に知事の売り言葉に買い言葉で脅迫電話をかけたのかと思ってしまう(汗

またコロナ警察も目立つ。県外ナンバーの車を襲撃したり、マスクをしてない人を攻撃したりといった類のものだ。これらはちょうど犯罪者の家に放火したり盗みに入ったりするのにとても似ている。相手が悪いのだからこっちは相手に対してなにをしてもいい的なものだ。正義感でもなんでもないのだ。
ただ単に普段から心根は良くなく、そのために世間のモラルに抑圧を感じている人達だ。
だから大義名分があれば大手を振って犯罪を犯す。彼らは人を殺してイイとなったらけっこう簡単に実行してしまうのではなかろうか? 実際、民族対立や紛争はこういった仕組みで起きたりもする。

日本にもそういう人達が、たくさんいるのだなぁというのを実感している。

あとね、他人を気にしすぎ。ちょっと不埒な発言をした人にをよってたかって袋だたき。そこでその人を攻撃してしまってはそれも結局、その人と同じではないか。
かといってボク自身は他人を気にしなさすぎるというのはなんとなく実感している。というのもボクの周囲の人は、会社や芸能人、政治家の発言ややることにいちいち反応しているのをよく見るが、自分はそこまでではないというか、あまりそれらのことで一喜一憂したりはしない。
あとボクは会社の情報とかにも疎い。同僚とかが「誰々はもう何ヶ月も仕事がとれてない、給料泥棒だ」とかその手の色んなことを言ってくるのだけど、そもそもよくまぁそんなことを知ってるなって思う(笑)。ボクなんかそんな情報に興味もないし何にも知らないし、その人がどうだっていいじゃないか。こっちは仕事をもらえてるだけ有りがたいし、ボク自身が何ヶ月も仕事がとれない状況になるかもしれない。仕事が取れてなくても給料がもらえるイイ会社ぐらいに思っておけばいいじゃないか。

そんなことに怒っている時間があったら、本の一冊でも読めばいいし、映画の一本でも見ればいいし、どこかに散歩でもしてくればいいのだわ。

もちろん反対意見を「表明」することは悪いことではない。不埒な発言に対して「これは自分は違うと思う」というのは別によいことだと思うが、怒ったり攻撃してしまっては結局不埒な発言をしている人のことをどうこう言える立場ではなくなると思う。

テレワーク・COVID-19 雑感

今日からまたテレワークとなった。
一連のコロナ騒ぎは終熄に向かうどころかさらに事態は広がっているためである。しかし、「騒動」という表現もなんか違うような気はするが……。しかし急に決まったので社内はわりと騒がしかった。というのも会社の PC を持ち帰ってた人達は、すでに送り返していたからだ。
また PC とかを梱包して自宅に送らなければならない。

で、話題的にはこれだけなんだけどw
日記的にそうも行かないので、COVID-19 やテレワークについていろいろ感じたことを綴ってみたい。

そもそもボクはかなり古くからテレワーク派である。そもそも会社に行くことが嫌いである。さらに元を辿ると、学校に行くのが嫌いだった。高校の頃は一学期の終わりにはすでに出席日数が足りないと先生に言われていた。
そんな人間が、今の社会生活に馴染めるはずもなく、だからゲーム業界に来たという一面もある。そもそもスーツを着たくもなかった。中高と制服をなくそうなんてことを言ってたりとか。

まぁそんなことはどうでもいいや(ぁ

まぁとにかく毎日会社に来なくてもよい職業を選んで来たつもりだ。
だからテレワークがこうして全国的に推奨されるというのは、ボクにとってはよい機会だと思っている。もちろん何が何でもテレワークじゃないとというつもりはまったくない。テレワークが成立しない職業もあるし、テレワークが可能であってもみんなで集まった方がさっさと進むこともある。

適材適所が基本であり、その中の一つにテレワークがあるという認識だ。

今回のテレワークでありがたかったのはなんと言っても通勤時間の削減であろう。台場勤務になってからと言うもの、通勤時間のお陰でかなり自分の時間がとれなくなったことはこの日記でも取り上げてきた。
毎朝 6:30 に起きていたのが、今や起きるのは 9:30(笑い
そして 4 時間以上自分の時間がとれるようになった。さっそく創作活動に割いていると思いきや、今はお金を稼いでいる(汗)。8 月の終わりから 3 月まで自分の時間がとれなかったため、そもそも収入が 100 万円以上さがったのだ。同人誌や同人ゲーを作るための金がかなり目減りしたし、そもそも車も買い換えないといけないということで今はそっちに時間を割いている。
なんとか数ヶ月で 100 万は取り戻したい……。

で、テレワーク。思ったのが、テレワークが定着すると、オフィス街や都心部の飲食店はどうなるかということだ。今はコロナ騒ぎで飲食店の危機が伝えられているが、コロナが終熄してもテレワークが定着してしまうと、かなり売上げは下がるのではないだろうか?
また会社の人との関係も希薄になる。それがいいことなのか悪いことなのかは解らないが、同僚との付き合いや上司との関係も薄くなり、仕事上での相談事がしにくかったり減ったりして、業務ノウハウの伝達が鈍くなるのではないかと感じた。
さらに人間関係で言えば、会社よりも自分の住んでいる隣近所との付き合いがより重要になってくるし、その場合、ボクのような人間は「めんどくさい」と感じるwww
また、大規模ではないにせよ「駅近」という概念が少しは崩れるだろう。テレワーク可能な人達は駅の近くに住む必要がなくなる。またそれに応じて交通機関も変わって来るだろう。ただ需要がなくなるとは思えない。バス路線なんかも疲弊しているところが多いらしいが、逆に地元内であちこちに移動する需要が生まれると思う。
ただ、都心方向にしかない電車はいろいろと問題を抱えることになるかもしれない。

とはいえ「出勤」という生活スタイルは、それこそ日本ならば奈良時代からあるものだ(もっと古いかもしれない)。欧米ではさらに古い、紀元前からある。もちろんその頃の庶民はそんなことはなかったが、生活レベルが時代と共に上がり、我々も当時の貴族と同じような生活スタイルになったと考えれば、出勤というスタイルが決して産業革命で生まれたわけではない。だから出勤そのものがなくなるということはこれからも先、100 年単位でないのではないだろうか。

さて、気になるテレワークによる個人のコスト増だが、通信費や光熱費があがるし、家も当然傷む。住んでいる家についてはどうしようもないが、通信費や光熱費、そして PC などは会社が持ってくれないと困るという人もいるが、ほとんどの人は会社から支給される交通費より安いと思われる(PC や携帯は会社からの支給が前提だが)。
なので交通費がもらえる人は交通費のままの方がたぶん幸せなんじゃないかな!

もっとも、在宅勤務だから交通費はカットね、んでもって光熱費・通信費は出さないっていうなら、それは問題だけどね。

ちなみに何の目安にもならないかも知れないが、ウチは自宅で 24 時間サーバを動かしているわけだが、その電気代は一ヶ月で 1000 ~ 2000  円である。ということは、家で 8 時間毎日 PC を使っても 1000 円行くか行かないか。さらに月の回線費用は固定 IP サービスを含めても 6000 円くらいなので、合計しても 7000 円だ。一方、ウチから台場までの定期代は 28000 円である。

さて、コロナ騒ぎの方だが、今回のウィルス(SARS-CoV-2)は基本的に広がる仕組みは風邪(インフルエンザも含む)と同じだ。今まで人類は風邪を制圧できたことはないので(ウィルスの種類によってはあるようだが?)、今回も難しいのではないかという感想を持っている。
だから高齢者への感染を最大限防ぐことに注力し、普通に社会・経済活動をしたほうがよいのではないかという思いは、未だに消えない……。経済のみならず、COVID-19 のせいで本来受けられたはずの医療を受けられずに亡くなる人も問題になりつつある。

とはいえ、COVID-19 を野放しにしていたら「本来受けられたはずの医療を受けられなかった人」も死んでたかもしれないが……。

なかなか難しいというか、ボクのつたない脳みそではハッキリとした解決策は示せないので、結局は政府の方針に従うことになるだろう。ボク自身はコロナ ウィルスにかかること自体にそんなに恐れはない。ただの風邪ぐらいにしか思ってない。もっとも実際にかかって死にそうになったら、恐れ、慌てふためき、後悔し、死にたくないと泣き叫ぶのだろうがそんなのは人間みんなそうであって、なってみないと解らないものだ。
もっとも重症化した場合、慌てふためく間もなく意識を失うらしいが。
まぁそれはさておき、自分がそのように死ぬのはしようがないとして、それよりも自分が原因で他人に伝染してしまうことを心配している。ボクのせいでボクが死ぬのは問題ないが(それでも色んな人に迷惑がかかる)、ボクのせいで他人が死ぬのはもっとイヤなので行政の指示には従っていこうと思っている。

資本主義にエグさを感じるときはないか?

日本に住むボクらは資本主義の中で住んでいる。その善し悪しとかはともかく、その恩恵にはだいぶあずかっている。もちろんそれによって産み出される不幸も多いが、それらの不幸は資本主義によって産み出される富の残滓によってまかなわれている。

ボクは別に資本主義にどうこうっていうのはあんまり持ち合わせてないし、その便利さに乗っかっているし、他にどんな主義がいいのかもよくわからないので、なんとなく世の中の流れに身をまかせてしまってはいるのだが、時々資本主義のえげつなさを垣間見ることはある。
たとえば以下の記事なんかみると、そう思う。

この記事を見て何も思わない人もいるだろうし、そうか次は大井町か!と思う人もいるだろう。
ボクが感じたのは、たとえば記事にある大井町の地価を何倍にもして、人を呼び込んで、地域を発展させたとしても、果たして大井町は本当に幸せになったのか、ということだ。特に大井町に古くから住んできた人達にとって幸せになるのか?
厄介なのは仕掛けた方が「良いことをした」と思っていることである。これは例えは悪いが、狂信者が殺戮を含めた布教活動をしてその国がその宗教国になりましたやったーと喜んでいるようにも見える(笑)。

もっとわかりやすい例が、共産党が良く使う例なのだが、蚊の輸入話だ。これはどういう話かというと、貧困に喘ぐ A という国と、豊かだけれども蚊に悩まされる B という国があって、A 国は雇用を生み出すために B 国から蚊を輸入して、A 国は殺虫剤や虫除けスプレーなどの製造などで潤い、国自体は貧困から脱したが、国民はみんな蚊に悩まされるようになった、はたして国民は幸せなのかっていう話だ。

そして上の記事に出てきた武蔵小杉という街はまさに蚊に悩まされるようになってしまった街と言えると思う。さらに問題なのが、資本主義の場合、潤ったのは武蔵小杉に住む人全員ではなく、一部の人だということである。しかし蚊の悩みに相当する部分は武蔵小杉に住む人全員だったりする(笑)。
まぁだからといって計画経済がいいのかというと、これもまた様々な問題を含むし、人類は一度失敗している。

さて、気を取り直して、今日は旧知の知人にお風呂に誘われたので行ってきた。場所は山梨県道志紅椿の湯と言うこところだ。道志と言えば水害に遭ったり、小学生が行方不明になったりと今年はなにかと話題になった。

夕方ぐらいから行ったんだけど、こちらも長野同様、台風による通行止めが多かった。相模湖東出口から紅椿の湯のある R413 までの様々な県道・林道が通行止めでそれらを迂回しながら向かわなければならなかった。そもそもこの R413 さえもが通行止めの区間があった。

まぁでも無事紅椿の湯に到着。お客さんはけっこういたように見えたんだけど、お風呂は空いてた。
道志は今秋、周囲の道路状況的に来にくい場所になってしまっているのかもしれない。

下の写真はその紅椿の湯でいただいたかき揚げ蕎麦。

帰りは 21 時頃だったと思うんだけど……中央自動車道が渋滞してた(事故渋滞)。うーむ、南側にまわって帰れば良かったか……。渋滞情報を見たのが高速に入る列に並んでからだったんだよね。不覚orz

勘違いしていた圏央道とカローラ フィールダー

東京へは一時間遅れての到着となった。本来なら 20 時台に成田の地を踏んでいる予定だったのだが……。
で、そこからまたえっちらおっちら歩いて第二ターミナルへ。
二日ぶりに自分の車に戻ってくる。
カローラと較べるとやはり鈍重であるが、エンジンはこちらのほうがパワフルなので走り出してしまうと軽やかに走る。さて、目指すは久喜である。買ったお土産を知人に届けて帰ろうと思ったのだ。というのも成田と久喜は圏央道でつながっているのだ。というか、比較的最近つながったのだ。
しかしここに大きな誤算があった。成田から我が家までは 100km くらいある。ボクは成田⇔久喜は 60km くらいだろうと思い込んでいたのだが……なんと、100km もあったのだwww
やばい、久喜遠いじゃんwww そんな離れてるのかよ!!

結局、久喜に着いたのは 23 時だった……orz 飛行機で遅れ、さらに距離の勘違いで遅れてしまった。21 時台には久喜にいるつもりだったのに。

下の写真は久喜の知人と COCO'S に行ったときのもの。朝兼昼の寿司しか食ってなかったので、遅い晩御飯。タコサラダを頼む。コレさえあれば基本的に COCO'S では幸せだ(ぁ
なんだかんだで家に付いたのは 2 時頃だった。月曜はそのまま仕事だというのに……。
そんなわけでまさしく弾丸ツアーみたいな感じの帰郷になってしまった。
この時点では祖父も祖母も元気で死ぬとは思っていなかったので、とても良い気分だった気がする。

最後にレンタルしたカローラ フィールダーについて触れておきたい。
今年 9 月に TNGA を使用した新型カローラが発表されたので(カローラ フィールダーからカローラ ツーリングへと名前が変わった)、ボクが借りた車は先代となる。まずコックピットに座るとハンドルが小さくて、全体的に包まれる感じ。さらにハンドリングはかなりクイックだった。なにこれ、スポーツカー?ww<それは言いすぎ
そしてレスポンスが普段乗っているエスティマよりも格段に良い。ギアチェンジもブレーキもきびきびと効く。エンブレも効かせたいところで効く。ボクにとってはとても操作しやすい。これで CVT なのかー。
ワインディングもぜんぜんいける。スピードを落とさずにカーブをぐいぐいと攻めていけるのだ。まぁ所詮ボクの攻めるはたかが知れるんだけど。

今回の帰郷で 491.7km 乗った。返却するときの給油は 29.84L なので燃費は 16.478km/L ということになる。20km/L は行かなかった。20km/L 越えはハイブリッドじゃないとダメなのかしら? と思いながらウェブを開くと JC08 モードで 23km/L らしい。だとしたら田舎道で 16km/L は回し過ぎなのかもしれない。ワインディングで遊びすぎたか??

難点としてはやっぱり車内が狭いこと。と言っても別にエスティマと較べてるわけじゃなくて、そういう根本的な部分ではなくて、ショルダーバッグを置く場所すらないのは不便だった。結局ショルダーバッグは後席に置いたんだけど、乗り降りするたびに後席に手を伸ばすのは面倒だし……この辺、何か解決策が欲しい所。
あと車内のノイズはうるさかった。エンジン音もロードノイズも 22 万 km 走ったエスティマよりもうるさい。たださすがまだ新車の香りが残るだけのことはあって(総走行距離は 7000km ぐらいだった気がする。2017 年製だった)、がたつきはなく、揺れても車体全体で振動を受け止めているのはよくわかった。ボクの車はもうボディ自体がへたれてるから、振動も車体全体にちぐはぐに伝わるのがわかる。

もう一つ謎の挙動だったのが、アイドリング ストップからの発進の時、時々まったくエンジンが回らない事があった。踏み込んでも全然加速しない。これはなんだろう? というかボクの使い方がよくなかったんだとは思う。ただマニュアルとかを読めたわけではないので、結局解決できなかった。

あとエンジンを切るとそのドライブでのアイドリング ストップした時間が表示されるんだけど、正直見逃すwww しかも次エンジンかけたときにはリセットされちゃうので全然意味が無いww ひょっとしたら履歴は残ってるのかもしれないけど……。

そんなわけで普段知らない車を運転するのは楽しい。
今度はマツダ車を借りてみたい。

チェーン店の位置づけ

なんとなく↑の記事が流れてきたので、くだらないネタ。
ウチの近くに丸亀製麺があるんだけど、土日の昼間にそこを通るといつも並んでる。並んでるってのは車ね。さらに東に行くとマクドナルドがあるんだけど、ここも昼時は渋滞列が出来てる。すごいなーって思う。
さらにさらに言うと、桜台という駅。毎週日曜日に行ってるんだけど、ここは飲食店がそんなに多くない。そういう街ではないからなんだけど、それでもお昼時、マクドナルドは並びが出る。けど他の飲食店は閑古鳥。あぁ、いちおう行列が出来るラーメン屋はあるか(行列が出来るという意味では、二郎もある)。

まぁそんな感じでね、チェーン店の行列をよく見るようになった。

なんだろうね? こんなの 10 年くらい前以前はなかったような気がするんだけど、どうだろう。
そうでもないのかなぁ??
ボクがチェーン店なのに並んでる現象を初めて見た(初めて自覚した)のは新松戸のてんやだ。開店したら、毎日のように並びが出ててビックリしたのを今でも鮮明に覚えている。

こういったチェーン店の利点はなんといっても味が想像出来ると言うことだ。ガストで一度食えば、他の場所に出掛けたときもガストならあの味は最低出てくるというのがわかるので、見知らぬ土地で冒険するよりもガストに入るというのは、まぁ解らんでもない。
また、市販の調味料の味は 21 世紀に入って驚異的に向上した。昭和から続く町の個人店ではもう追いつけないような味を工業製品で実現している。けど、そんなのに関係なく美味しい店はたくさんある。
だからボクは見知らぬ町でも個人店に入って後悔したり、大喜びしたりしている。

そもそもチェーン店に並ぶ動機はなんだろうか?
丸亀製麺に並んでいる人は、もう丸亀製麺じゃないと絶対ダメなんだろうか??
チェーン店=いつでも食える店なので、丸亀製麺がいっぱいだったらじゃぁ他の店、その他の店も並んでたらまた別の店……ってなるのがボクなんだけど、世の中の人はそうでもないってこと??

ところで個人店ではダメな時が実はボクにもある。
それは小学生以下の子供を連れているときだ。
子供を連れている場合はさすがに個人店には入りづらい。狭いところが多いし、子供用の座席がないことも多いし、騒いだりしたら迷惑だ。またラーメン屋などは量の調節が難しい。だから子供と一緒の場合はやはりどうしてもファミレスなどチェーン店になってしまう。
思い返してみると、丸亀製麺に並んでいる車や、桜台駅前でマクドナルドに並んでいる客を見ていると子連れが圧倒的に多いように見える(実際に数えたわけではない)。

子供連れでも気軽に入れる個人店……確かに、なかなかないかも。
座敷があるお店なんかだったら、けっこう子連れでも入りやすいんだけどね!

ヴィーガンって感情的な問題なのか……

https://twitter.com/Orthopteroids/status/1102228303383949317

最近何かとヴィーガンの話題をネットで目にするようになった。菜食主義者と一言で片付けていいのかボクは知識が無いのでサッパリなのだが、ヴィーガンはその中の一つなのだろうくらいの認識である。彼らは食べ物に留まらず、自分の生活の中から動物の要素をことごとく追い出しているようだ。
ただネットで話題になるのは、ヴィーガンがそうではない人達を攻撃するところを揶揄したり、批判したりするのが主だ。

これはボクの偏見なんだけど、菜食主義はいわゆる省エネに基づいた生き方だとボクは思っていて、要するに肉を食う生活よりも植物を食う生活の方が環境にいいよって言うヤツ。これは概ね科学的にもわかっていて、ボクは賛同はしないけど理解はしているつもりだ。
一方のヴィーガンは健康上や先に述べた省エネを問題にしているのではなくて、倫理を問題にしているという。もっとぶっちゃけていうと、「動物が可哀想」というわけだ。

うーむ……。

これは非常に短絡的というかなんというか、感情的過ぎはしないだろうか?

というのもすでに家畜というものは人間が育てなければ生きていけない種族だからだ。わかりやすい例で言えば羊や蚕だ。彼らは人間がメンテナンス(毛を刈るなど)しないと死んでしまう。
今すぐにでも食肉をやめると言うなら、それはつまり家畜に対して「滅びよ!」と言っているのと同じことなのだ。
彼らは人間により利用されやすく進化する(例えば豚なら、自らが美味しくなる)ことによって、種の保存を獲得したのである。

同じような視点で動物愛護なんちゃらって人達も、よく動物園から動物を解き放ち自然に帰せと言うが、「動物可哀想」という短絡的な視点から言えば、それは動物たちに「死ね」と言っているようなものだ。
どういうことか?
人間も含めて動物は、人間によって飼育されることによって圧倒的に寿命が長くなる。それこそ三倍以上長い。身近な野良猫でもそれはすでに証明されている。野良猫の寿命は 4 ~ 6 年だ。対して飼い猫は 12 年以上生きる。20 年生きる猫もいる。
自然界の動物というのは一生のほとんどを食べ物を得る為に過ごさなければならないが、人間に飼われることによって、その苦悩から解き放たれるのだ!! さらに外敵からも守られ、健康も守られるという至れり尽くせりの人生(ひとではないけどw)を歩むことが出来る。
つまり「可哀想」という視点でいうなら、人間に飼われた方が幸せなのは間違いないのだ。飽くまでも人間視点だけど(笑)。

さて、今日のランチは「いとはん三日月」という海鮮居酒屋(?)がやっているランチ。
この店は「ぼうず」という炙りチャーシューを出す店の並びにあり、前々から魚を食わせてくれる店だなぁと気になっていたのだ。
入ると、けっこう売り切れの品があった。人気なのだろうか?

ボクは天ぷらと刺身定食、同僚はブリだったかなんかの刺身定食。

出てきてビックリ!
身が少ないって言うかちっちゃいっていうか……これで 1000 円かー。

ネタはしっかりしてた! ちゃんと目利きが仕入れをしているみたい。
刺身はかなりプリプリだし、新鮮。
天ぷらも申し分なかったんだけど……でも、うーん……ちっちゃいなぁ……(ぁ

マスコミの上から目線感とヤマノキ

この記事を読んで、改めてイチローはすごいなぁと思った。
これはスポーツ好きの人達からよく聞く話なんだけど、マスコミからのスポーツ選手への質問ってほんとにくだらないものばかりだそうな。その競技への勉強不足もさることながら、試合の妙や本当に選手が頑張った部分にはまったく光を当てず、下世話な質問しかしない。
ただコレには理由もある。下世話な話題を受け手である我々が喜んでしまうからだ。

これは以前にも日記に書いたが、とある人のブログが NHK で取り上げられて取材を受けたんだけど、実際の放送ではブログ主の意図とはまったく違っていた部分がありとても悔しい思いをしたのだが、その番組を見た人達からは異なった意図で報道された部分の受けが非常に良く、自分の意図通りの部分は話題にしてもらえなかったことがもっと悔しかったということがあったそうな。

つまりマスコミは受け手が何を望んでいるかというのを解っているわけである。
だからプロの目からしたらくだらないと思うような質問をしてしまうのである。

「マスコミの質問はほんとバカらしいなぁ」と言うことは、つまり読み手である我々をバカ呼ばわりしていることと同じなのかも知れない。

ツイートでボクは将棋を例に出したが、アレがよい例で、将棋は難しい競技の一つだ。だからどうしてその手を打ったのかとか、棋士の心理などといったものを綿密に取材したところで受け手のほとんどは珍粉漢粉なのだろう。だから昼飯に何を注文しただの、何が好きだのといった将棋とはまったく関係ない話に終始してしまう(NHK の将棋番組はまた別である)。
でもそれだと受け手である我々はいつまでも将棋の理解をしないまま、将棋の報道を見続けることになる。マスコミには受け手を育てるという役目もあるのではないだろうか?

さて、今日のランチは北海道料理専門店(?)『ヤマノキ』というところの海鮮親子ランチ。写真はいくらルイベ親子漬け丼と十勝豚丼

イクラのルイベなんだけど……イクラってちっちゃいじゃん? だからルイベされててもご飯の温度ですぐにとけてるっぽい(ぁ なのであんまりルイベ感なかった。まぁでも普通に海鮮親子丼として美味しかった。
店に入った時、ほとんど売り切れてて、この二つくらいしか残ってなかったのよね。
もっと早く来ないとダメみたい。