Apoptosis IV / rain forest

「は~~い、おしま~~~い」
悪戯好きのピクシーから紫蘇の葉っぱを取り上げた所で、遥か後ろの方から風に乗って少女の声が届いてきた。
「あ、はーい」
何とはなしに、トーヤも返事を送る。
その声が届いたのかどうかトーヤには解らなかったが、すぐ真後ろにいつの間にか少女が立っていた。
手一杯の薬草を抱えて……かと思うとそんなことはなく、この沢に着いたときのそのままの格好でちょこんと立っているのだった。
「はい、まとめてまとめて」
少女はトーヤが肩から提げていたバッグに、次から次へと薬草を入れる。
その薬草はいったいどこにあったのだろう?
次々と少女の手に薬草が現れては、トーヤのバックにおさめられる。
でも量はそんなに多いワケじゃない。
山椒、莱、杜仲、紫蘇系のハーブ、アロエ、よく解らない根っこ類、キノコ類、それから……。
虫類……。
いくつかの虫の死骸を入れる所で、トーヤは反射的に後ずさりしてしまうのだった。
「さて、と……じゃぁ、今度はお店に行きましょう」
少女がまた一瞬で呪文を完成させる。
すると少女の周囲に風が巻き起こるのが解る。
時間はすでに夜の六時を回っていた。
この辺の日の入りは、今の季節、午後の一〇時を回った頃。
まだまだ森は明るい。
「今日とれた分は、今日のうちに下ごしらえをしておかないとね」
少女はトーヤの腕をとると、空に舞い上がった。
その腕が引っ張られるよりも前に、トーヤの身体ごとふわりと空中へ投げ出される。
しばらくの間、何匹かのオオカミと鹿、そして鳥たちが追随していたが、数百メートルも走ると、彼らは立ち止まって二人を見送った。
動物たちの姿が見えなくなると、少女は高度を上げ、森の上へ抜ける。
木々を越えると、この森がいかに広いかを思い知らされる。
地平線ならぬ、木平線とでも言おうか。
一面ずっと森が続いている。
東西南北。
ただ、北の果てはわかる。
遙か北には、巨大な山脈が空を支えるように横たわっているからだ。
そして森はその山々まで続いている。
所々開けている所は湖や沼、広い沢がある場所である。
あとは本当に一面の森なのである。
少女は木の上すれすれのところを低空飛行する。
これには理由があって、あまり高い所を飛ぶと、ドラゴンに発見されてしまうからだという。
かといって森の中は進みづらい。
障害物を気にせず急ごうとすると、この木々の上、すれすれのところを飛ぶのが良いのだという。
もっともこの森の南限にある店と少女の根城は魔法の力でつながっている(Dimension Door)。
トーヤが店番をするときは、森を通らずに魔法の力を使って一瞬で店と少女の家とを行き来する。
けれど、こうやって時々、森を通ることによって、普段解らないこともいろいろ知ることが出来ると少女はトーヤに教えた。
木々の様子。
そこで育まれる動物たちの様子。
それらを肌で感じることが大事なのだと、少女はトーヤに説いた。
「一見何も変わっていないように見えても、森は刻一刻とその表情を変えているものなのよ?」
舌足らずな横に伸びた少女の声。
その言葉に誘われるように、トーヤは森を見渡すのだった。
それから静かな時間が過ぎる。
本当はこうして飛んでいる間も、トーヤは少女に色々と教わりたいことを話しかけるのだが、ほぼ一日中薬草を集めていたので、喋る元気がなくなっていた。
雲ごしに見える太陽は少しずつ傾いていて、夕方を迎える頃、森の切れ目が前方にやっと見えてきた。
その先は草原と、一本の道。
そして森の終わりにはささやかで小さな村があった。
時刻はもう夜の八時を過ぎていた。
いくつかの家の煙突からは、煙が立ち上っている。
「なんかいいにおいがしてきますね」
トーヤがやっと口を開いた。
「そういえばお腹すいたわよね」
少女も笑顔を浮かべて応える。
「何か作ります」
今日の食事当番は少女の方だったが、行きも帰りも少女の魔法に頼ってしまったことに気付いたトーヤは、食事当番を立候補した。
「あら、楽しみね」
少女は嬉しそうに笑うと、トーヤの頬に軽くキスをした。
そして二人はゆっくりと高度を落とし、村の一kmほど手前で森の中に降りる。ここからは歩いて行く。
いきなり空から村に入ってきたら、村中の人を驚かせてしまうからだ。
それにここまで村に近付けば、この森の中にも村人達が作った道がいくつかあるのだ。
村に着くと、さっそく二人は店を開けた。
ランプに明かりをともし、入り口のカーテンを開ける。
ペンダラム・ハーブと書いてある木の看板は、雨風にさらされてずいぶんとすり切れてしまったいた。
それでもこの店は、この村のみならず、この地方一帯の冒険者達にはなくてはならない薬屋なのである。
店は二階建てで、売り場とその奥に調合部屋、二階はちょっとした寝室とリビングがある。
村の一番北側に位置し、店の向こうはすぐ森が広がっているのだった。
やがて店の煙突からも、モクモクと煙が立ち上り始める。

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