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タグ: 社会

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週休二日のとりとめもない話

なんか過去にも同じことを書いた様な気がするんだけど、ざっと検索したら見当たらなかったので、ネタにした。
発端は Twitter で就職活動の注意点として、「週休二日制」って書いてあっても、それは月に一回でも週休二日があれば名乗れてしまうので確認した方がいいというツイートが回ってきたことだった。
で、それについて「ひどい」とか「だまし討ちだ」みたいなレスが付いていたような気がする。
なぜそのツイートへのリンクを貼ってないかというと、それをツイートした主はどうも、そのツイートを削除してしまったらしい。

ボクはずっと週休二日の会社で働いてきた。一度、隔週で週休二日の会社に勤めたことがある気がするのだけど、ちょっと忘れてしまった。
とはいえゲーム業界は週休二日制ってあんまり関係ない。仕事が間に合わなかったら、休みもクソもないからだ。
ゲーム制作という作業は、時間が経てば仕事が進むかというとそう言うワケではない。一日かけてまったく進まないこともある。

でね、ボクはもちろん完全週休二日制に賛成なんだけど、この週休二日制ってヤツがけっこう仕事の邪魔になるなって思うことも多い。

一つは一年の中での仕事量は週休二日制だろうが週休一日制だろうが、変わらないからだ(本来は週休二日制の方が仕事量は少ないはずである)。ということはどういうことかというと、今まで 6 日かけてやってたことを 5 日でやらなければいけなくなるのだ。
例を言えば、今まで 12 ヶ月かけて作っていたゲームが、週休二日制になったら 16 ヶ月に開発期間が延びましたってことはなく、相変わらず 12 ヶ月でゲームは作らなければならないと言うことである。
結局、一日の作業量が増えてしまったのである。

もう一つは金曜日を逃すと、二日も間が空いてしまうと言うことである。
これが自分の作業ならまだいい。土日、自分が仕事すればいいのだから。ところがこれが他の人に引き渡す仕事だったり、連絡しなければならないことだったりすると、金曜日の夕方頃に連絡したのでは、それらの業務はすべて月曜日開始となり、二日間無駄が生じてしまう。
となると、次の人へ渡さなければならない仕事は、木曜日中に終わらせ、金曜日に引き渡す相手が出社する時間にはその人に渡せておける状態にしておかなければならなくなり、となると一週間は金曜日までの 5 日間ではなく 4 日間と言うことになっってしまったりするのだ。

まぁこんなのは、最初からスケジュールを組み、その通りにちゃんと仕事すればいいのだと言われればそれまでなのかもしれないが、たぶんそれがしっかり出来る人間は少数派だし、自分がしっかりしていても他の人がボクみたいに 31 日になってから宿題をするようなタイプの人間だったら、結局スケジュール通りには行かない(^^;

今後の働き方ってどうなるんだろうね? あんまり偉そうなことは言えないが、やっぱりどこでも仕事が出来、ある意味仕事もそして余暇も時間に縛られない働き方になっていくような気がするんだよね。そしてボクはわりとそういう働き方をさせてもらっているような気はする……(もっともここ一年くらいは精神的にいろいろあって、なんというか、思うように仕事が出来てないけど)。

体罰あれこれ

桜宮高校の件。
ボクは体育会系に属していたのは、高校まで。ただ高校では体罰はなかった。
中学はあったが、まぁ別にそれが精神的苦痛ではなかった(応援団)。
小学校は野球部、サッカー部だった。
でね、そもそも体罰ってのは法律的に NG だ(学校教育法)。軽くひっぱたくことも、NG なのだ。ただし懲罰をくわえることは出来る。この懲罰が何を意味するかは、今まで議論されてきているのかボクは解らないが。
これは受け売りでしかないのだが、サッカー部ではだいぶ体罰がなくなってきているという。

別に欧米のやり方が素晴らしいとは思わないが、やはり実力主義というのは体罰などしている余裕などなくなるのだろう。結果こそが大事であり、そのために必要な様々な要素というのはその結果そ出すために構築されていく。スポーツの世界ではなおさら必要なことではないだろうか?
ボクが言いたいのは、じゃぁ体罰をなくせばいいというだけに行くのではなく、体罰がなくても一人一人が目的を理解し、自分がやらねばならないことを自分で理解したうえで見つけ、そして目的に向かって進むことができるそういう空気を作っていくことこそが大事だと思う。
これは学校だけの問題ではなく、日本の社会体質としても必要ではないだろうか? ぼーっと仕事が来るまで口を開けて待っているのではなくて、自分の立場を知り、会社の状況を知り、属している業界を知り、次に何を売っていくべきかを常に考えながら仕事をしていくその姿勢が大事で、また会社自体もそのような雰囲気になるように上司たちは動いていくといいのだろう。

まぁ最後に関しては、ボクも出来ているかというとなかなか難しいが……(マテ

雑談いろいろ

いろいろ雑談。日記に書き漏らしていたことなど。
12/18 のことになるが、ようやっとスピーカーを持ち込んだ。用途は夜中一人で作業するためと、音に関係するものができあがったときにみんなに聞かせるため。スピーカーそのものは大したことない EDIROL の MA-10D。買ったの、いつなんだろ? プラスチック部分が経年劣化でもうだいぶ色あせているので、相当ふるいに違いない。
こいつ、とにかく低音がひどい。こもったもこもこした音が出てくるのよね。ウーハーがフルレンジに近いのが問題なのかも? なのでホントはこのスピーカに入力する前段階でちょっと EQ かけたいんだけど、会社だとそんな装備も無しということで仕方がないので BASS を絞り気味で使っている。
とにかくボクはヘッドフォンがあまり好きではなくて、頭や耳に何かがずっと当たっているのがイヤなのよね。そして立ち上がったりどしたりするときにイチイチ外さないと行けないし……そんなわけで、せめて一人のときはスピーカーで聴いていたかったのだ。机がどうしても狭くなっちゃうんだけどねー、まぁ仕方ない。

ついでに自宅で眠っていたトラックボールも持ってきた。MicrosoftTrackball Explorer 1.0 。ボクはマウスよりトラックボールが好きなんだけど、この Trackball Explorer の生産が終了してから、壊れたら困ると思い、ずっとデスクにしまいっぱなしになっていたのだ。だけど考えてみれば、使わないんじゃそもそも意味がない(汗)。そんなわけで、もう壊れるまで使おうと決めたのだ。
ひょっとしたら中古とかヤフオクとかにないかなーって思ったんだけど、なかった……orz
Logicool で似たようなのないのかなぁって思ったら、一応あったんだけど、こちらも生産中止(ちなみに、アメリカではまだ売ってるらしい)!  がーん。っていうか、どうやらトラックボールって親指でコロコロするのが主流みたいで、人差し指と中指でやるやつはどうも絶滅したらしい……orz
今自分の日記を検索したら、5 年も前から売ってねぇって嘆いていたようだ(ぁ
ちなみに以前この日記でも書いたかもしれないけど、トラックボールって場所取らなくてボク自身は凄く気に入っているんだけど、ゲームが出来ないのよねー。マウスだと思いの場所に瞬時にぴたっとターゲッティングできるんだけど、トラックボールはなかなかうまく行かなくて、リアルタイムなゲームにはとことん使えない。うーん、指だけじゃダメなのかなぁ? でも指って器用だし一番敏感だと思うんだけどなぁ……。

選挙

そうそう、そういえば衆院選と都知事選のことを書くのを忘れていたよ。都知事選はなんかまー出来レースみたいな感じだったなぁ。もっとも都知事選の場合、前回もそうだけど、やって欲しい人がまったくいないんだけどね……orz 衆院選は自民党圧勝と言うことで、まー揺り戻しみたいなもんなのかな。比例を見てると、別に自民党が支持されているわけでもないみたいだけどね。
それよりも投票率が下がったのが個人的に悲しかった。でもそうだよねー、案だけマニフェストを反故にされちゃったら、選挙に行く気がなくなっちゃうよね。野田になってからはずっと官僚の傀儡だったし(ぁ
政治家は選挙で変わるけど、官僚は替わらないからなぁ……アメリカみたいに政権が変わったら官僚も総入れ替えみたいなのがいいんじゃないかな。最近はとみにそう感じるよ。なんでか?

後戻りは決して出来ない

その理由は官僚は現状維持、もしくは古い昭和の時代に戻そうと見えるからだ。いや、新しい世界に適応できてないのかもしれない。このままじゃどんどん世界に取り残されていくような気がする。日本の歴史を見ても解るけど、昔に戻ろうとして成功した例はない。それは少なくとも飛鳥時代から明白で、古い時代に戻ろうとしても、決して戻らない。
だから官僚が古い方法に固執しても、世界がそれを絶対許さないだろうから、ボク自身はそんなに心配してないんだけど、ただ、官僚や財界がそれに気付いたとき、日本はもうダメでした、そう例えるなら貴族社会に戻ろうとした平家のようになってましたってなると、ボクら国民への影響もかなりあるだろうなと、そこが心配だ。
まぁでも、官僚は動かなくても財界から変わっていくのかなというような気もする。彼らは儲からなくなったら死んでしまうわけだから、古い方へ戻ろうとしていたとしても、すぐにやめて、自ら変革して行くのではないかなと思っている。もしくは変革する企業が残り、過去の栄光にしがみつき続ける企業は消えるのかもしれないけど。
ただ、官僚にも期待がないわけじゃない。というのも、明治維新の時の官僚に相当する人たちの変化の適応力は凄かったからだ。日本人の何でもあり、何でも受け入れて、自分たちの持っているものと混ぜて、より新しいものを作り上げるという力は残っているんじゃないかなと思っている。

と、まぁ、今年後半に思ったことをとりとめもなくまとめてみた。相変わらずまとまってないけど、まー、所詮は個人の日記と言うことで(ぁ