エスティマの音質改善に挑む

エスティマの車載オーディオの音質はクソである。特に中低域がクソである。どんな音かというと、低音の周波数分離が悪く、もこもこした音になる。それにつられて、おそらくウーハーに混じっているであろう中域の音がもたつく。特に低音は音楽を聴く上で非常に困る。バスドラの音が「どん!」というアタックの強い音に聞こえず、「ぼよん…」と、アタック・タイムが長く、その後のサスティン・レベルが高い状態で維持されてしまうのだ。
これは主に低音の残響音のせいだと思うのだが、はてさてどうしたものかとずっと悩んでいる。
対応策としてはまずはスピーカーの交換が上げられるのだが、めんどくさい上に、そもそもシャーシが音質に関わっているとしたら、スピーカー交換だけでは解決出来ない。ただおそらくエスティマという車は前に乗っていたアコードに較べ、世に出ている台数が圧倒的に多いので、音質に関しても改善する方法ってのはもうすでに確立されていると思うけどね。

今回は何も買い足したりしないで、車内の装備だけで音質を改善する方法。

実はテレビを見ているときはそんなに違和感を感じることがない。TV の音というのは人の声を聞くように調整されている。低音成分が少なく、中域の曇りがない。だから DVD や TV を見ているときと言うのはエスティマでも音の悪さがあまり際立たない。これは映像に神経が集中していると言うこともあると思う。
そこでカーオーディオのグラフィック・イコライザを使って、この TV のような音に近づけるのである。百聞は一見にしかず。ボクの車の EQ 設定は以下の通り。

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もこもこの原因になっている、63Hz 帯を抑え、低音部のアタックを拾うために 200Hz 帯はあげてある。そして中高音を上げているのだが、実はこれをやると安物の TV とかラジオのような音になってしまう。そこで 10KHz 付近をわざとあげて抜けがよくなっているかのように騙している(笑)。
この設定でかれこれ 3 ヶ月以上経ったが、まー、こんなもんかなーという感じである。
低音のもこもこはもうどうしようもないかなー。気分で誤魔化してる感じw
あと一人で載るときはオーディオの視聴者位置を後席に合わせてある。理由はもこもこした低音が遠くなることによって音量が小さくなるからである。そんなワケで、エスティマの音質とかで検索エンジンで飛んできた人は是非お試しあれ!

CM の BGM

最近テレビを見るようになったと言う話は以前したが、ボクの場合、録画というのをしないので、リアルタイムで見ることになる。するとどうしても CM も見ることになるのだが、CM もいろいろと勉強になるので、楽しんでみている。そんな中でも最近気に入ってる CM が Fujifilm のアスタリフトという化粧品の CM。
まぁ見てくれよ! ちなみに原曲の方をクリックすると、音楽だけが聴けます。

  1. アスタリフト 肌の潤い編原曲
  2. アスタリフト 衝撃の出会い編原曲

いや、単純に BGM がね、すごい好きなのよ。自分の好きな曲が CM とかで流れると嬉しいよね。例えば、他にはワゴン R のこちら。

いずれも 20 年以上前の曲なんだよね。
ワゴン R の方はカバーだけど。
あと、もう一つ、細野晴臣がナレーションしている CM があったんだけど、何か忘れてしまった。と思ったら、Youtube にあったwwすげぇなぁ。

ふとおもったが、庵野作品とか、細野のナレーションいいんじゃなかろうか、なんて思った。淡々として、でもなんとなく感情もあって。あとアスタリフトには次にもっと Jazzy なものをお願いします! まぁ、そんなどうでもいい話(ぁ
紹介する曲は、アスタリフトに是非採用してもらいたい曲ということで、Take Five。これも聞いたことある人はけっこういると思う。

刑事物のテーマ曲に萌える

今日はとあるプロジェクトの雰囲気用兼 BGM の参考曲探しをやっていた。
雰囲気用 BGM というのは、プロットやシナリオを書くとき、ボクの中でそのプロジェクトの世界観に脳を染めるための、そのプロジェクトにあった曲のこと。で、おおむねこれがそのまま作曲家に発注するときの BGM の資料にも成るが、まったくイコールではない。作っていくウチに、使いたい曲は変わったりするので。
でね、なんか知らんが、午後ぐらいからずっと西部警察のテーマ曲が脳内でリピートしちゃって止まらなくなってしまった。他の曲を色々聞いて上書きしてみようとしたんだけど、どうにもうまく行かない。これはいったいどうすれば……というわけで西部警察 PartII のテーマ曲をきいたら、うまく上書きできた。で、メロディかっこいいじゃん! って思って、いろんな刑事ドラマのテーマ曲を  Youtube で漁ってみた。

なんで哀愁漂うトランペットのメロディが多いんだろうね。でもあぶない刑事は全然違うんだよね。最近はそういう哀愁めいたメロディのものはないみたい(例:相棒)? テクノ好きのボクとしては踊る大捜査線は大好きなんだけどね。ちなみに踊る大捜査線のテーマ曲はパクリ疑惑があったなぁ。
パクリ疑惑と言えば、全然関係ないがボクの大好きな Off Springこどもの時間で使われてるとかを思い出した。萌えゲーでメロコアとかパンク使ってみたかったから、ボク的には大歓迎なんだけど、今聞いたら全然パンクになってねぇwww ダメだこりゃ。あぁ、なんかマジでパンクいれたいな~~~~。

そんなどうでもいい話でした!
ちなみにこのところ、ボクが関わったエロゲはみんな、アジカンだなぁ。

簡略化される音楽、簡略化されるシナリオ?

3 ヶ月近く古い記事になるが、最近の流行音楽について分析した記事が 7 月に少しだけ話題になった。

とはいえ、今回は音楽についてあーだこーだと語るワケではない。ただこのような論文の結果になった一つの原因に、コンプレッサの存在が果たしている役割は大きいだろうというのはボクの考えである。そしてまた、この論文のような結果の発端を生み出した原因の一つはビートルズだというのがボクの考えである(ライブではなくスタジオ録音にシフトしていったことや、スタジオでしか表現出来ない音作りに向かっていった事など)。
未だに時々耳にする音楽性の論争で、いわゆる音色やエフェクター、ミックスダウンも含めて音楽性だという論と、いやいや飽くまでも音楽性というのは旋律(メロディ)、律動(リズム)、和音(コード)であって、録音方法とかエフェクトとかそういうところで凝ったものは音楽性になんら寄与しないという論がある。ただこれも区別は色々で、技法や奏法、果てはワンポイントで録音すべきだだの、オーバーダブは音楽性を破壊しているだの、さらに遡ると、そもそも平均律は音楽性を著しく破壊している……などなど、なんというか、様々な論争がある。

今回はそんな音楽的なこととはまったく関係のない話(笑)。
とにもかくにも、音楽は単純化しているんじゃないだろうかっていうのが今回の論文で明らかになった。それに伴って音楽の進化が……とか憂いでいる部分もあるらしいのだが、元の論文がどのような結論と未来を綴っているのかは、ボクは知らない。
ただボクが思うのは、世の中はどんどん複雑化、細分化している。それは学問しかり、趣味の世界もしかり、食も、住むところも、着るものも。とにかくあらゆるものが複雑になってきている。この複雑化というのはどういうことかというと「選択肢が増え続けている」という意味である。細分化とは「昔は一つのものだったのが、さらにそこから派生したり新しい発見があったりして、分化している」という意味である。
で、それとは逆のものがあるのよ。
それは言語、特に発音。これは逆にどんどん少なくなって、省略可が進んでいる。
例えば日本語にあった「ゑ」や「ゐ」、英語にあった、g(sign)やgh(high)。Ph や Th などが他の言語では文字として残っているが英語では文字として採用されなかったりとか。
文法もどんどん簡略化してきている(但し日本語は明治期に改められ、いったん複雑化したと言う人もあるかもしれない)。英語では格がどんどん減っていったが、昔は様々な格が存在していた。
ただ言葉でも複雑化というか、種類が増えているものはある。それは単語の数。それは当然で、世界全体が複雑化、細分化が進む以上、それに対応した言葉を当てはめなければならないので、どうしても単語は増える。
ちなみに音楽も複雑化しているモノがある。それは「ジャンル」。技法や用法は単一化したとしても、様々な技法や用法を取り入れるので、過去の技法や用法しか使っていない音楽であっても、それらを混ぜ合わせれば新しい音楽としてジャンルが確立したりするからだ。
で、なぜ世の中が複雑になってきているのに、言語は省略傾向にあるのか。それは世の中が複雑で、一つ一つを表現する暇がないからではないかとボクは感じている。様々なものがどんどん生まれて、どんどん便利になって、商売する方もあの手この手と様々な商品だけじゃなくて、商売の種類そのものも増やして……そういった中でいちいと「ゑ」や「ゐ」なんて使ってられない。「い」や「え」でいいじゃんってなってるんじゃないかナーって(笑)。

でね、最近思っているのがシナリオ。
シナリオそのものが単純化しているのかというと、それはボクはよく解らないし、あまりそう感じたことはない。ただ、「その場の文字に書いてあることがすべて」という風潮はなんとなく感じている。「行間」を察することなく、書いてある文面をその通りに受け取ってしまうことだ。
ただ、逆に複雑だと感じる部分もある。それは「抽象化」と「暗黙の了解」の領域が増えたこと。たとえばツンデレとか。いちいち物語の中で説明しなくても「コイツはツンデレ」と説明しておくだけでキャラの説明は終わるので、読み手もそれを前提に物語を読み進めていく。他にも解りやすいところで言えば、死亡フラグとか。「俺、○○が終わったら故郷に帰って結婚するんだ」とかあれば、そのキャラは死ぬ的な。これらはいちいち物語の中で説明しなくても、シナリオをそのように流していけば、読み手が勝手に理解してくれるという役割を果たしているわけである。
要するに世の中がどんどん複雑になって、考える事もたくさんあって、娯楽もたくさんあって……いちいち行間とか読んだり察したりする余裕ないし、さっさと次のシナリオ読みたいし……って事なんじゃないかなって事。そしてこれはゲームも同じ。ルール憶えて、最適解を見つけ出して、一生懸命やり込んで……なんて一つのゲームにそんな時間かけてらんないし、他にもやりたいゲームあるし……。

世の中、娯楽に限らず様々なものがあふれすぎて、人間の処理能力を超えちゃってるのかなと。
音楽が単純化するのも、そういうものが背景にはるのではないかなーと、上の記事を見て思ったのであった。と同時に、複雑なシナリオや行間を読み解かないとキャラクタの本意がわからないシナリオというのは、最早時代遅れなのかなと。音楽なんかでも技法や奏法、あと用法なんかがすごく優れていても、まったく話題にもならずに埋もれていくように……。