浅草橋の駐車場、アベノミクス達成

(似たような話題:浅草橋、駐車場政変!
浅草橋の駐車場がヤバい。何がヤバいって、インフレでヤバい。ボクが浅草橋で働き始めた頃の 2012 年、駅近くの駐車場は上限がだいたい 1800 ~ 2400 円だった。これが 3 年たった今、2200 ~ 2800 円である。アベノミクスは年 2% のインフレを標榜しているらしいが、浅草橋の駐車場料金はその遥か上を行く。アベノミクス大成功なのである。

かんべんしてぇぇぇぇぇぇ!!

この界隈で一番安いのは、24 時間 1500 円と言うものと夜中の 0 時まで 1500 円というモノ。どれも駅からは歩いて 20 分以上ある()。このうち①は夜 0 時まで 2000 円、②は 24 時間 1700 円にこの夏、値上がりした……orz
ちなみに④は GSV では企業の駐車場だが現在ではコインパーキングになっている。

駐車場の値段が上がる要因はある。まず駐車場が減っているのだ。
浅草橋は古い町で、ちょうど今が建て替えの時期に当たる。それに関連してか、駐車場として寝かせておいた土地もビルを建てたりして減っているのだ。今まで月極よりも安く済ませていたのに……このままでは月極を借りた方がよいという状況になりつつある。

そして事件は起こった(何)。
今日、安い所がどこも満車だったので、浅草橋界隈をぐーるぐーる。ようやく見つけて、御徒町の方に 24 時間 1500 円のを見つけたGSV では 1800 円となっている)のね。会社まで徒歩 20 分以上の地点ですよ。んで、会社に向かってたら、会社に近い安い駐車場がボクが車で通ったときは満車だったのに、空車になってやんの……orz
くそー!!!
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以下、Twitter ネタ。

まぁ、右翼ってのは天皇の言うことをあんまり聞かないよねって話。靖国参拝だってさ、天皇は戦犯が合祀されてからは参拝してないし、アメリカの大使や大統領も靖国は参拝しない(彼らは千鳥ケ淵戦没者墓苑を参拝する)。
まぁもともと明治天皇からして支配欲がなく政治に干渉しなさそうな人を選んだという話があるぐらいで(野心的な天皇候補者は暗殺されたらしい)、右翼の言う天皇を中心とした世界ってなんだかなぁと思うしだいである。

戦争と自殺

Twitter に流れてきたのか、それともネット サーフィンをしていたときに見つけたのかどうかは忘れたが、以下の様な記事を見つけた。とはいえ、これは Yahoo ニュースに載っていたもので、現在では期限切れとなってしまい、見られなくなっている。
とは言え元ソースはどこかにあるはずだとちょっと捜したが、よくわからなかった。

まぁ、とりあえず兵士の自殺が多いというのは前々から問題になっていて、特にアメリカではベトナム戦争の頃から、あれやこれやと色々手を焼いているようだ。ただわかっていることは戦場という環境は人間に対して精神的に非可逆な強い影響を与えるのだろう。
ただその要因が何かというのは、ボクも知りたいと思っている。

第二次世界大戦の時、アメリカ軍が自軍の分析をした際、敵に向かってちゃんと発砲している兵士は 2 ~ 3 割であり、他の兵士は全然関係ない方向に向かって発砲していたことがわかった。
そこで米軍はしっかり敵を撃つように訓練カリキュラムを組み直し、そうして育てられた兵士の最初の活躍場所がベトナム戦争だった(朝鮮戦争はまだそのカリキュラムは取り入れられていない)。
ベトナム戦争では米国内で反戦運動などがあり、ベトナム帰りの元兵士への風当たりも強いと言うこともあり、PTSD になる元兵士・兵士が激増した。ベトナム帰還兵による犯罪も社会問題となった。
その原因の一つが、確実に人を撃てるカリキュラムにあるとも言われている。
また実際に戦場に行かなくても、無人機のパイロットも PTSD の発症が問題になっているらしい。

翻って、自衛隊はどうか?
自衛隊の訓練は米軍のような確実に敵を撃つようなカリキュラムなのかどうかは気になる所である。
それはともかく、海外派兵から戻ってきた自衛隊員の自殺率は高く、イラクへの派遣があった 2004 年度で見れば 10 万人あたりの日本人成人自殺者数が 25.38 人に対し、それを自衛隊に限ると 39.3 人というのはかなり多いと思われる。

彼らを自殺に駆り立てる理由は何であろうか?
米兵はともかく、自衛隊は惨状極まる戦地にいたのか? 人を殺した自衛隊員はいるのか?
いや、もっと言えば、現地で彼らは何を見た(体験した)のか?
そう考えると、単純に戦地だけが自殺の原因ではないように思える。
また凄惨な状況に逢い続けると自殺するのかという点で言えば、殺人現場や司法解剖で変死体を見ることが多い鑑識や検視官の自殺が多いのか? それも違うような気がする。
単純に海外で長時間過ごすとなるとか?

そんなわけで、兵士と自殺の関係はしっかり研究した方がいいのではないかと思った。政府は「因果関係は不明」としているが、専門家にデータを渡し、また自衛隊員からのヒアリングをして研究すれば、今後の自衛隊の活動の糧となるのではないだろうか?

週休二日のとりとめもない話

なんか過去にも同じことを書いた様な気がするんだけど、ざっと検索したら見当たらなかったので、ネタにした。
発端は Twitter で就職活動の注意点として、「週休二日制」って書いてあっても、それは月に一回でも週休二日があれば名乗れてしまうので確認した方がいいというツイートが回ってきたことだった。
で、それについて「ひどい」とか「だまし討ちだ」みたいなレスが付いていたような気がする。
なぜそのツイートへのリンクを貼ってないかというと、それをツイートした主はどうも、そのツイートを削除してしまったらしい。

ボクはずっと週休二日の会社で働いてきた。一度、隔週で週休二日の会社に勤めたことがある気がするのだけど、ちょっと忘れてしまった。
とはいえゲーム業界は週休二日制ってあんまり関係ない。仕事が間に合わなかったら、休みもクソもないからだ。
ゲーム制作という作業は、時間が経てば仕事が進むかというとそう言うワケではない。一日かけてまったく進まないこともある。

でね、ボクはもちろん完全週休二日制に賛成なんだけど、この週休二日制ってヤツがけっこう仕事の邪魔になるなって思うことも多い。

一つは一年の中での仕事量は週休二日制だろうが週休一日制だろうが、変わらないからだ(本来は週休二日制の方が仕事量は少ないはずである)。ということはどういうことかというと、今まで 6 日かけてやってたことを 5 日でやらなければいけなくなるのだ。
例を言えば、今まで 12 ヶ月かけて作っていたゲームが、週休二日制になったら 16 ヶ月に開発期間が延びましたってことはなく、相変わらず 12 ヶ月でゲームは作らなければならないと言うことである。
結局、一日の作業量が増えてしまったのである。

もう一つは金曜日を逃すと、二日も間が空いてしまうと言うことである。
これが自分の作業ならまだいい。土日、自分が仕事すればいいのだから。ところがこれが他の人に引き渡す仕事だったり、連絡しなければならないことだったりすると、金曜日の夕方頃に連絡したのでは、それらの業務はすべて月曜日開始となり、二日間無駄が生じてしまう。
となると、次の人へ渡さなければならない仕事は、木曜日中に終わらせ、金曜日に引き渡す相手が出社する時間にはその人に渡せておける状態にしておかなければならなくなり、となると一週間は金曜日までの 5 日間ではなく 4 日間と言うことになっってしまったりするのだ。

まぁこんなのは、最初からスケジュールを組み、その通りにちゃんと仕事すればいいのだと言われればそれまでなのかもしれないが、たぶんそれがしっかり出来る人間は少数派だし、自分がしっかりしていても他の人がボクみたいに 31 日になってから宿題をするようなタイプの人間だったら、結局スケジュール通りには行かない(^^;

今後の働き方ってどうなるんだろうね? あんまり偉そうなことは言えないが、やっぱりどこでも仕事が出来、ある意味仕事もそして余暇も時間に縛られない働き方になっていくような気がするんだよね。そしてボクはわりとそういう働き方をさせてもらっているような気はする……(もっともここ一年くらいは精神的にいろいろあって、なんというか、思うように仕事が出来てないけど)。

体罰あれこれ

桜宮高校の件。
ボクは体育会系に属していたのは、高校まで。ただ高校では体罰はなかった。
中学はあったが、まぁ別にそれが精神的苦痛ではなかった(応援団)。
小学校は野球部、サッカー部だった。
でね、そもそも体罰ってのは法律的に NG だ(学校教育法)。軽くひっぱたくことも、NG なのだ。ただし懲罰をくわえることは出来る。この懲罰が何を意味するかは、今まで議論されてきているのかボクは解らないが。
これは受け売りでしかないのだが、サッカー部ではだいぶ体罰がなくなってきているという。

別に欧米のやり方が素晴らしいとは思わないが、やはり実力主義というのは体罰などしている余裕などなくなるのだろう。結果こそが大事であり、そのために必要な様々な要素というのはその結果そ出すために構築されていく。スポーツの世界ではなおさら必要なことではないだろうか?
ボクが言いたいのは、じゃぁ体罰をなくせばいいというだけに行くのではなく、体罰がなくても一人一人が目的を理解し、自分がやらねばならないことを自分で理解したうえで見つけ、そして目的に向かって進むことができるそういう空気を作っていくことこそが大事だと思う。
これは学校だけの問題ではなく、日本の社会体質としても必要ではないだろうか? ぼーっと仕事が来るまで口を開けて待っているのではなくて、自分の立場を知り、会社の状況を知り、属している業界を知り、次に何を売っていくべきかを常に考えながら仕事をしていくその姿勢が大事で、また会社自体もそのような雰囲気になるように上司たちは動いていくといいのだろう。

まぁ最後に関しては、ボクも出来ているかというとなかなか難しいが……(マテ

雑談いろいろ

いろいろ雑談。日記に書き漏らしていたことなど。
12/18 のことになるが、ようやっとスピーカーを持ち込んだ。用途は夜中一人で作業するためと、音に関係するものができあがったときにみんなに聞かせるため。スピーカーそのものは大したことない EDIROL の MA-10D。買ったの、いつなんだろ? プラスチック部分が経年劣化でもうだいぶ色あせているので、相当ふるいに違いない。
こいつ、とにかく低音がひどい。こもったもこもこした音が出てくるのよね。ウーハーがフルレンジに近いのが問題なのかも? なのでホントはこのスピーカに入力する前段階でちょっと EQ かけたいんだけど、会社だとそんな装備も無しということで仕方がないので BASS を絞り気味で使っている。
とにかくボクはヘッドフォンがあまり好きではなくて、頭や耳に何かがずっと当たっているのがイヤなのよね。そして立ち上がったりどしたりするときにイチイチ外さないと行けないし……そんなわけで、せめて一人のときはスピーカーで聴いていたかったのだ。机がどうしても狭くなっちゃうんだけどねー、まぁ仕方ない。

ついでに自宅で眠っていたトラックボールも持ってきた。MicrosoftTrackball Explorer 1.0 。ボクはマウスよりトラックボールが好きなんだけど、この Trackball Explorer の生産が終了してから、壊れたら困ると思い、ずっとデスクにしまいっぱなしになっていたのだ。だけど考えてみれば、使わないんじゃそもそも意味がない(汗)。そんなわけで、もう壊れるまで使おうと決めたのだ。
ひょっとしたら中古とかヤフオクとかにないかなーって思ったんだけど、なかった……orz
Logicool で似たようなのないのかなぁって思ったら、一応あったんだけど、こちらも生産中止(ちなみに、アメリカではまだ売ってるらしい)!  がーん。っていうか、どうやらトラックボールって親指でコロコロするのが主流みたいで、人差し指と中指でやるやつはどうも絶滅したらしい……orz
今自分の日記を検索したら、5 年も前から売ってねぇって嘆いていたようだ(ぁ
ちなみに以前この日記でも書いたかもしれないけど、トラックボールって場所取らなくてボク自身は凄く気に入っているんだけど、ゲームが出来ないのよねー。マウスだと思いの場所に瞬時にぴたっとターゲッティングできるんだけど、トラックボールはなかなかうまく行かなくて、リアルタイムなゲームにはとことん使えない。うーん、指だけじゃダメなのかなぁ? でも指って器用だし一番敏感だと思うんだけどなぁ……。

選挙

そうそう、そういえば衆院選と都知事選のことを書くのを忘れていたよ。都知事選はなんかまー出来レースみたいな感じだったなぁ。もっとも都知事選の場合、前回もそうだけど、やって欲しい人がまったくいないんだけどね……orz 衆院選は自民党圧勝と言うことで、まー揺り戻しみたいなもんなのかな。比例を見てると、別に自民党が支持されているわけでもないみたいだけどね。
それよりも投票率が下がったのが個人的に悲しかった。でもそうだよねー、案だけマニフェストを反故にされちゃったら、選挙に行く気がなくなっちゃうよね。野田になってからはずっと官僚の傀儡だったし(ぁ
政治家は選挙で変わるけど、官僚は替わらないからなぁ……アメリカみたいに政権が変わったら官僚も総入れ替えみたいなのがいいんじゃないかな。最近はとみにそう感じるよ。なんでか?

後戻りは決して出来ない

その理由は官僚は現状維持、もしくは古い昭和の時代に戻そうと見えるからだ。いや、新しい世界に適応できてないのかもしれない。このままじゃどんどん世界に取り残されていくような気がする。日本の歴史を見ても解るけど、昔に戻ろうとして成功した例はない。それは少なくとも飛鳥時代から明白で、古い時代に戻ろうとしても、決して戻らない。
だから官僚が古い方法に固執しても、世界がそれを絶対許さないだろうから、ボク自身はそんなに心配してないんだけど、ただ、官僚や財界がそれに気付いたとき、日本はもうダメでした、そう例えるなら貴族社会に戻ろうとした平家のようになってましたってなると、ボクら国民への影響もかなりあるだろうなと、そこが心配だ。
まぁでも、官僚は動かなくても財界から変わっていくのかなというような気もする。彼らは儲からなくなったら死んでしまうわけだから、古い方へ戻ろうとしていたとしても、すぐにやめて、自ら変革して行くのではないかなと思っている。もしくは変革する企業が残り、過去の栄光にしがみつき続ける企業は消えるのかもしれないけど。
ただ、官僚にも期待がないわけじゃない。というのも、明治維新の時の官僚に相当する人たちの変化の適応力は凄かったからだ。日本人の何でもあり、何でも受け入れて、自分たちの持っているものと混ぜて、より新しいものを作り上げるという力は残っているんじゃないかなと思っている。

と、まぁ、今年後半に思ったことをとりとめもなくまとめてみた。相変わらずまとまってないけど、まー、所詮は個人の日記と言うことで(ぁ