ピアノ リサイタルと市ヶ谷の駐車場事情

従妹のデビュー リサイタルがあったので、行ってきた
もっとも 7/25 のコンサートですでに舞台には上がっていたのだが……まぁ、リサイタル(独奏)としては初というか、彼女が曲目も決め、自分でセッティングしたコンサートである。
場所はルーテル市ヶ谷ホールで、200 席ほどのなかなかちょうど良いホールだった。
曲目はベートーベンとショパン、はどちらも知っている曲だったが、モンポウスクリャービンはほぼ解らない(汗)。

音は平坦で、ピアノではバランスよく聞こえるホールだった。
まぁ位置によるが。ちょうど弦のある方座れたので、低音~高音にいたるまで反響音に頼らずにしっかり聞けたと思う。
偉そうなことは言えないが、若さを感じさせる演奏だった。抑揚ともったいぶり(?)についてはもっと大袈裟でもいいかもと思いつつ、でもそれはボクが歳を取った所為かもなどと思いつつ……。

コンサート ホールに向かう途中、虹が出ていた。
その時は気付かなかったが、うっすらと二重になっている。こんなにハッキリと虹が撮れたのは久しぶりである。

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ところで市ヶ谷の駐車場、やべー! 最低でも一時間 1200 円とか!
ありえねー。なんだこのぼったくり。
15 分ぐらい周囲をウロウロして安いところを探した。

最初に見つけたのは 12 時間 1000 円っていうところなんだけど、めちゃくちゃ狭い。三台駐められるスペースがあって、手前に一台(ハイエースが停まってるところ)、奥に二台あるんだけど、奥の二台のどちらかが空いてないと、ボクの車は手前に停めることはできなかった。リフレクタを向こう側につけてくれれば入れられたんだけどなぁ……。

で、結局、大久保通りの方に 400 円 /H ってところを見つけたのでそこに入れた(GSV では空き地になっているが、ここが現在はコインパーキングになっている)。しかも有難いことに 19 時から 100 円 /H になるとかで結果的に 700 円で済んだ。ただここからコンサートホールへは歩いて 10 分以上かかるけど(^^;

ソシャゲの音問題と大トロ味のポテチ

近くのスーパー行ったら見たことない味のポテチが売ってたので、買ってみた。
すわ、ゲテモノか!?
と思ったのだけれど、食べてみると、別に不味くなかった。ちぇ。
でも、何味か解らないwww
言われれば、なんとなく「あー」って感じ。
醤油と何となくマグロっぽい? そして後味がぬるっとしている<なんだそれ

オヌヌメ!(うそ

そして会社行く途中、外気温がついに 40 ℃に!
この表示を見たのはこの車買って以来、初めてかも(汗)。
40 ℃なんてイスラエル行ったときしか体験したことないかも。しかもイスラエルの 40 ℃って全然平気なのよ。乾燥してるから(その代わり、どんどん皮膚から水分が奪われるので、知らないうちに熱中症になるらしい)。

さて、この間まで録ってた音声を切り出したりしてるんだけど、最初モノラルの 256Kbps な MP3 で納品したのね。でもそれだとデータでかすぎると言われてしまった。ぇー。
ってまぁ、解るんだけどさ(汗
ちなみにソーシャル ゲームなどのネットワーク対応型のアプリには Amazon のクラウドを使っているケースがけっこうある。サーバの増減が楽だし、様々な便利な API が用意されている上に、回線がパンクすることがまずない。
が、その代わりデータ転送量に応じてしっかりお金を取る仕組みだ。なので Amazon のクラウドを使う場合、極力データを小さくする必要がある。1KBytes でも 100 万人がアクセスすれば 1GB 近くになってしまう。たとえば一つの画面に 32 個の画像が使われていたとして、それらが 1KBytes ずつ小さく出来ただけでも、ものすごい転送量が減るのだ。
幸い音声はモノラルなので、64Kbps まで落としてもそんなに問題ない。64Kbps でステレオ 128Kbps 程度のクオリティが出せる。
問題は BGM。今回 BGM も担当したんだけど、コイツはステレオだ。クライアントには 96Kbps で渡したんだけど、やっぱり高音の劣化が激しいなぁ……。64Kbps にして欲しいって言われたらどうしようかなぁ……。EQ で高音声分の性質を変えてあげるといいのかなぁとか思いつつ、とりあえず 96Kbps のままでリテイクは来ていない。

まぁ、いっそのこと BGM もモノラルにしちゃうってのも手かなと思う。
高音のブロック ノイズが出るよりは、ボクはモノラルの方がイイと思った。

iPhone はやっぱりぼったくりとか音楽の話とか

Akiba PC Hotline をなんとなく眺めていたらこんなスマートフォンが紹介されていた。

パネルがフル HD、CPU は Atom、メモリが 4GB もある。ストレージは 64GB なんだけど、お値段 5 万 4000 円。一方ボクの使っている iPhone 6 はメモリ 1GB にパネルは 1334×750 ドット、ストレージは 128GB でお値段 10 万以上する(32GB モデルはもっと安いが)。

iPhone 6 128GB ZenFone 2
Storage 128GB 64GB
Display 1334×750 1920×1080
Memory 1GB 4GB
CPU Apple A8(2 コア) 1.4GHz Atom Z3580(4 コア) 1.8GHz
Camera 800 万画素  1200 万画素
Battery 3.2Ah 3.0Ah

昔から iPhone は数世代前のハードを高く売っているなどと揶揄されているが、まぁ、まさにその通りなのだろう。これはひとえに「ブランド代」と言える。
ランボルギーニがフェラーリが二束三文の部品を何倍もの値段で売っていることに気付き、スーパーカーを作るようになったという逸話が残っているが、まさに iPhone はそういった「付加価値」がついた製品なのだ。
しかし資本主義としては正しいのだろうが、使う方からしてみればたまったものではない。もっとも Apple という看板を自分の手の中で使うのが目的の人ならばそれでいいのだろうが、ボクはその「機能」が欲しいだけだ。

iOS はよく出来ている。ぱっと見なにをすればいいか解るし、ボタンに反応したのかしなかったのかが非常にわかりやすい。さらにアプリ制作者には UI の厳格なドクトリンを課したり、キャリアには余計なアプリをインストールさせないようにしている。
おかげで Docomo から iPhone を買っても、勝手に常駐しまくって電池が全然もたないなんてこともない。Android 端末では実行を停止することは出来てもアンインストールができない Docomo が勝手に入れたアプリが山ほど入っている。

が、しかし、値段が倍もするのだ
もっとも、iPhone に限らず、こういう付加価値がついているものはたくさんあるんだろう。コンピュータだからボクは気づくことができたけれど、他のものだったらたぶん知らずに高い金を払わされているのだと思う。
ただ付加価値は買う方にもメリットがあるはずで、例えば「使いやすい」「壊れにくい」「デザインが良い」など、数値には表れにくい目に見えない価値なんだよね。部品そのもの値段以外の+αの部分。そして多くの iPhone ユーザはその付加価値を払ってでも iPhone の方が良いと思っているのだろう(その均衡が崩れると SONY みたいなことになる)。

次、機種変するとき、iPhone にするかどうかは迷うなぁ……。たしかに iOS の提供するy UI はボクにとってだいぶしっくり来ている。でもそのために巷で売っている最新機種の倍以上のお金を出さなければならないのはバカらしい。
あー、Windows Phone、日本でもっと売ってくれないかなぁ……。

話は変わるが、Twitter で以下の様な質問をされた。

じつはこれ、色んな人から言われる(^^;
音楽家からも言われる(汗
で、特になにか方法があるわけではない。この質問された方はボクが YouTube で捜していると思っていたらしいが、実は Youtube にはそんなにお世話になっていない。それどころか、紹介したくても Youtube にはない曲の方が多いくらい。

ただ自分でもわかることは、常に「音楽を捜している」ということなんじゃないかなと思う。街を歩いていても、流れてくる音楽をボクは聴いている。少しでも気になるとそのお店に入って、何をかけているのか聞いたりする(有線放送だった場合は、チャンネルを聞く)。
それの繰り返しなんじゃないだろうか。

でもたぶん TV とかで BGM をつけてる人(音効?)はボクなんかよりももっともっとたくさん色んな曲を知ってるんだと思う。

 

 

簡略化される音楽、簡略化されるシナリオ?

3 ヶ月近く古い記事になるが、最近の流行音楽について分析した記事が 7 月に少しだけ話題になった。

とはいえ、今回は音楽についてあーだこーだと語るワケではない。ただこのような論文の結果になった一つの原因に、コンプレッサの存在が果たしている役割は大きいだろうというのはボクの考えである。そしてまた、この論文のような結果の発端を生み出した原因の一つはビートルズだというのがボクの考えである(ライブではなくスタジオ録音にシフトしていったことや、スタジオでしか表現出来ない音作りに向かっていった事など)。
未だに時々耳にする音楽性の論争で、いわゆる音色やエフェクター、ミックスダウンも含めて音楽性だという論と、いやいや飽くまでも音楽性というのは旋律(メロディ)、律動(リズム)、和音(コード)であって、録音方法とかエフェクトとかそういうところで凝ったものは音楽性になんら寄与しないという論がある。ただこれも区別は色々で、技法や奏法、果てはワンポイントで録音すべきだだの、オーバーダブは音楽性を破壊しているだの、さらに遡ると、そもそも平均律は音楽性を著しく破壊している……などなど、なんというか、様々な論争がある。

今回はそんな音楽的なこととはまったく関係のない話(笑)。
とにもかくにも、音楽は単純化しているんじゃないだろうかっていうのが今回の論文で明らかになった。それに伴って音楽の進化が……とか憂いでいる部分もあるらしいのだが、元の論文がどのような結論と未来を綴っているのかは、ボクは知らない。
ただボクが思うのは、世の中はどんどん複雑化、細分化している。それは学問しかり、趣味の世界もしかり、食も、住むところも、着るものも。とにかくあらゆるものが複雑になってきている。この複雑化というのはどういうことかというと「選択肢が増え続けている」という意味である。細分化とは「昔は一つのものだったのが、さらにそこから派生したり新しい発見があったりして、分化している」という意味である。
で、それとは逆のものがあるのよ。
それは言語、特に発音。これは逆にどんどん少なくなって、省略可が進んでいる。
例えば日本語にあった「ゑ」や「ゐ」、英語にあった、g(sign)やgh(high)。Ph や Th などが他の言語では文字として残っているが英語では文字として採用されなかったりとか。
文法もどんどん簡略化してきている(但し日本語は明治期に改められ、いったん複雑化したと言う人もあるかもしれない)。英語では格がどんどん減っていったが、昔は様々な格が存在していた。
ただ言葉でも複雑化というか、種類が増えているものはある。それは単語の数。それは当然で、世界全体が複雑化、細分化が進む以上、それに対応した言葉を当てはめなければならないので、どうしても単語は増える。
ちなみに音楽も複雑化しているモノがある。それは「ジャンル」。技法や用法は単一化したとしても、様々な技法や用法を取り入れるので、過去の技法や用法しか使っていない音楽であっても、それらを混ぜ合わせれば新しい音楽としてジャンルが確立したりするからだ。
で、なぜ世の中が複雑になってきているのに、言語は省略傾向にあるのか。それは世の中が複雑で、一つ一つを表現する暇がないからではないかとボクは感じている。様々なものがどんどん生まれて、どんどん便利になって、商売する方もあの手この手と様々な商品だけじゃなくて、商売の種類そのものも増やして……そういった中でいちいと「ゑ」や「ゐ」なんて使ってられない。「い」や「え」でいいじゃんってなってるんじゃないかナーって(笑)。

でね、最近思っているのがシナリオ。
シナリオそのものが単純化しているのかというと、それはボクはよく解らないし、あまりそう感じたことはない。ただ、「その場の文字に書いてあることがすべて」という風潮はなんとなく感じている。「行間」を察することなく、書いてある文面をその通りに受け取ってしまうことだ。
ただ、逆に複雑だと感じる部分もある。それは「抽象化」と「暗黙の了解」の領域が増えたこと。たとえばツンデレとか。いちいち物語の中で説明しなくても「コイツはツンデレ」と説明しておくだけでキャラの説明は終わるので、読み手もそれを前提に物語を読み進めていく。他にも解りやすいところで言えば、死亡フラグとか。「俺、○○が終わったら故郷に帰って結婚するんだ」とかあれば、そのキャラは死ぬ的な。これらはいちいち物語の中で説明しなくても、シナリオをそのように流していけば、読み手が勝手に理解してくれるという役割を果たしているわけである。
要するに世の中がどんどん複雑になって、考える事もたくさんあって、娯楽もたくさんあって……いちいち行間とか読んだり察したりする余裕ないし、さっさと次のシナリオ読みたいし……って事なんじゃないかなって事。そしてこれはゲームも同じ。ルール憶えて、最適解を見つけ出して、一生懸命やり込んで……なんて一つのゲームにそんな時間かけてらんないし、他にもやりたいゲームあるし……。

世の中、娯楽に限らず様々なものがあふれすぎて、人間の処理能力を超えちゃってるのかなと。
音楽が単純化するのも、そういうものが背景にはるのではないかなーと、上の記事を見て思ったのであった。と同時に、複雑なシナリオや行間を読み解かないとキャラクタの本意がわからないシナリオというのは、最早時代遅れなのかなと。音楽なんかでも技法や奏法、あと用法なんかがすごく優れていても、まったく話題にもならずに埋もれていくように……。