SDGs に対する、ただの偏見話

SDGs という言葉がマスコミや企業などから聞くようになった。
まーた、怪しげなモノを……と思わんでもない。ボク自身は余り乗り気ではない。確かに我々はこの地球環境を変えてきた。それは紛れもない事実だ。ちなみに生物による地球レベルの環境汚染というと、27 ~ 32 億年ほど前に遡る。一部の生物光合成によって酸素を地球の大気に供給し始めた。この生物は次第に 27 億年ほど前までに大繁栄し、逆に酸素を必要としていなかった生物は大打撃を受けたのだ。
人間が環境汚染をしたために他の生物が絶滅していくのと同じ構図が、すでに 32 億年前から起きていたのである(ぁ
なので人間が環境汚染をするのは、生物として仕方ないのないことなのである<マテ

それよりも、だ。この環境汚染を──まぁ汚染なのかどうかはさておき──科学の力で改善していこうぜっていうのがボクの考えだ。たとえば海中や大気中の二酸化炭素を還元して炭素と酸素に分ける技術に投資したり、そもそも二酸化炭素やメタンなどの温室効果ガスを排出するものを改造して発生そのものを抑えたり。

しかし SDGs はそもそも「がまんしましょう」っていう要素がある。しかもそれはさ、末端のボクら利用者に対してだ。SDGs を声高に叫ぶ企業どもも我慢を強いられているのかどうかは、よくわからんw し、そもそも金儲けの仕方自体がよくわからんことになっている。たとえばテスラなんて排出権取引で儲けてたりするわけで、なんというか、金融なんかもそうなんだけど、アレだよね、素人から見たら詐欺とかマネーロンダリングみたいなものに見えてしまうw それは実質的な経済といえるのか? みたいな。

でもそれでお金が回っているのだから、経済学的には間違ってはイナイのだろう。ボクがバカなだけなのだろう。

でね、まぁ、結局の所、環境改善を金儲けになんとか転嫁すれば、みんな環境改善のために動くんじゃね? っていうのが SDGs だと思う。
あとは GAFA のような企業を作れなかったヨーロッパがなんとか金をせしめるために考え出した概念?
それが SDGs なのかなーっていう、ただのボクの偏見である。

ラーメン屋が閉まっていたのでカレーを食う

今日は知人に勧められたラーメン屋に行こうと上石神井に向かった。そのラーメン屋は光戦隊マスクマンのレッド役が店主をしているというお店で、またボクにはそれなりの思い入れがあるラーメン屋味噌一』なのである。ところが、定休日なのかやってなかったwww

さて困った……というわけで上石神井をブラブラする。
ここはお気に入りの洋菓子店があったのだが、潰れていた。
あとお気に入りのカレー屋もあったのだが、やめてしまった(母体である仕出し屋の津多屋は健在)。
それにしても食べ物屋が多い。いいなぁ。
パンチ餃子とか、気になる。

ただやってない店も多かった。日曜のお昼時なのにやってないんだなぁ、上石神井は。
まぁ昔は日曜日ってお店って休んでたよね。

で、結局、インド料理屋になったw
名を『ミトミトカレー』。向こうの言葉なのかしら? ミクミクカレーではない(ぁ

チーズナンもあったから頼んじゃった。

味はもう忘れちゃった(汗)。普通に美味しかった。あとお客さん誰もいなかった。日曜日のお昼時だというのに、食べに来る人いないんだなぁ。だからやってない店も多いんだね。

それからコインパーキングに戻っていると、行列のできているパン屋さんがあった。飲食店には入らないのに、パンは買うのか……どうもこの辺の行動基準がわかないが、それはボクが家族を持っていないからだろうとなんとなく想像する。

ホームベーカリー 藤ノ木』。

いろいろ買った。が、値段は高め。昔からこの上石神井にありそうなパン屋なんだけど、値段は今風。
惣菜パンが 300 円から。三つ買ったら 1000 円に届いちゃう系。すごいなぁ、コンビニ弁当や吉野家の安さが改めて解る。あっちは 500 円以下でおなかが膨れるもんなぁ。

それなのに行列ができてるんだから、さらにすごいことだ。

というわけでいろいろ買う。
そしてこちらも味を覚えてない(汗)。まぁ何せ半年前だからなぁ……なんでこんなに日記に差が付いてしまったのか……。
写真は左から、カレーパン、粒あんパン、ピスタチオディニッシュ、生チョコディニッシュ、いちごディニッシュ、パン・オ・ショコラ。

で、夜。日付も月曜になってる夜中の 3 時。さすがに腹が減ってるんだけど、昼間のパンのせいで胸焼けしたママだ。
後寝るだけなので今食べてもなぁ……。

どうでもいいネタ。
魔法には対象物の感情を読み取る系のものがある。怒っていたり悲しんでいたり憎悪を持っていたりなどが解る魔法だ。テレパシーというもっとわかりやすい魔法もあるが、感情を読み取る魔法はとても大雑把なもので、相手の感情や意思を言葉として得られるわけではない。大雑把なおかげで、人間だけでなく動物やモンスターに対しても使うことができる。ただ、当然ながら感情を持っている対象でなければ効果がない。

ということは、相手が AI であったりロボットだったりアンデッドだったりした場合には、解らないことになる。

しかしながらそれがプリースト魔法だった場合、判断するのは神様になってしまうので、相手が機械だったとしても、またアンデッドだったとしても、何らかの答えを神様は教えてくれそうだ。特に自分に危害を加えようとしているのかどうかが知りたい場合は。一方のマジック ユーザが使う魔法の場合は、機械やアンデッドの感情など読み取りようもないであろう。感情などないのだから。

と、ツイートではそこで終わっているのだが、実はもう少し掘り下げることができる。
それはクオリアの問題だ。
もし魔法が万物のクオリアを感知してその感情を読み取れるとしたら、相手が機械やアンデッドの場合でも何らかの出力が得られる……可能性があるかもしれない。何せ、我々は生き物に対してのクオリアをだいぶ解決しつつあるが、生き物ではないものがというか、物質がクオリアを持つのかということに関しては、まだ解明できてないからだ。

もっともクオリアを得るためにはある程度の神経細胞が必要というのならば、物質のクオリアなど考える必要もないのであるが……空想の物語を作る上では物質もまたクオリアを得られる……とする方が面白いかもしれない。魂は万物に宿る。