慌てるな、ボクらにはまだ乗鞍がある

長野二日目。とりあえず朝風呂に入る。貸切状態だったので、写真も撮る。
広角ほしいなぁ。iPhone だと室内は背景資料にそのままでは使えない。その辺は、こちらで iPhone の写真と広角レンズで撮った写真を比較して解説している。

ついでに旅館『鳥屋沢』のことにも触れておきたい。
奈川で唯一の宿泊施設だと聞いたが、ちゃんと調べたわけではない(笑い
紅葉の時期に合わせて取りたかったのだが、二ヶ月以上前に予約を入れないと満室になってしまうと言われたので、8/3 に予約した。確かにその時、空室はあと一室だった。

建物は木造二階建て。客室はそう多くない。鳥のマークがかっこいい。
リフォームしたのか、柱や壁はとてもキレイ。
女将さんがすごく商売っ気のない人で、気さくな人ではあるのだが、商売っ気がないせいでサービス精神が旺盛というわけでもないw お茶とか冷めてたしwww まぁいいんだけど。

お風呂の利用方法が少し特殊。内風呂は男女別れているが露天風呂は別れていないため、今どっちが入っているのか札を下げておく必要がある。この札は「家族」という札もあり、その場合は貸切となる。男札が下がっていれば男なら入れるし、女札が下がっていたら女なら入れる、という具合だ。
最後のくるみ餅の写真はけっこう美味しかったので、後で買おうと思って撮ったもの。まぁ、買うのはすっかり忘れてたけどね!

素泊まりだったため、朝食はない。というわけでまずは朝ご飯と言いたいところだが、目的の蕎麦屋は 10 時から。なのでわりとまったりと旅館で過ごすことにwww

10 時ちょっと前に蕎麦屋に向かって出発。グルメ関連は別記事にて。

やっぱり奈川の蕎麦にハズレはないんだなと思いながらも、最初の目的地、清水牧場チーズ工房へ向かう。すれ違えないような狭い道をウネウネ行く。途中、紅葉がきれいなところもけっこうあり、秋そのものはもうすぐそこまで来ているんだなと感じられた。
道中の様々な景色については、最後に動画をまとめた記事を作るのでそちらで。

しかし牧場への道ってなんでこう狭いところが多いのか(笑い
などと言いながらも到着。
はい、火曜・水曜どっちも定休日でした。ぎゃーす! マジかwww
平日旅行すると定休日との戦いになるのはある程度覚悟はしていたのだが、まさか二日も連続しているとはwww そりゃそうよね、土日営業したら、ウィークデーは二日休みたいよねぇ……などとも思いつつ。

お店の前で次はどうしようかと地図を検索していると、中から牧場の人が出てきて、わざわざ○○と○○ならお売り出来ますけどなんて話しかけてくださった。申し訳ない、こちらのミスなのでお気になさらずと謝った。
ええ牧場や。

さて、本来、この二日目というのは紅葉の資料写真を撮るのが目的だった。しかしすでに写真をご覧の方はおわかりの通り、一面紅葉の世界は望めない。う~ん、もうちょっと標高が高ければいいのかなぁと思った。ただこれにも欠点はある。余り高く行きすぎると森林限界を超えて低木しかなくなってしまうからだ。

とりあえず乗鞍高原に行ってみるか。

ボクの知識では白骨温泉に上がるか乗鞍高原に上がるか、である。乗鞍の方が近いのでとりあえず乗鞍高原に行ってみる。すると、けっこう紅葉していた! 白樺と相まってキレイ! まぁそれでもまだまばらではあるのだけどね。
でもイイ写真もとれたのでその一部を貼り付けてみた。特に滝(善五郎の滝と言うらしい)の左側の山は見事な紅葉。でも iPhone だと……イマイチかな??(汗

面白のが 11 ~ 12 枚目の写真。キノコがまるで足置き場みたいに生えてるw


(MP4 / 1080p / 30fps / 0’37” / 16Mbps / iPhone 7)

(MP4 / 1080p / 60fps / 0’55” / 24Mbps / iPhone 7)

(MP4 / 1080p / 60fps / 1’09” / 24Mbps / iPhone 7)

滝の写真を撮っているところで雨が降ってきてしまった。最初は滝の水しぶきなのかなと思ってたんだけど、滝から離れてもヤケに濡れるなぁって思ったら雨だったwwww 本来ならこのままさらに、上に行きたかったのだけど土砂降りになってきてしまったので撤退。
乗鞍温泉でゆっくり硫黄を楽しんだ。

乗鞍のお湯は硫黄の温泉を選んだんだけどそんなにキツくなく、柔らかめかも?
でも聞くと、白骨とほぼ同じらしい。確かに色が若干ブルー。白骨もブルーだ。

それから 15 時過ぎ頃、松本へ向けて出発した。途中、何カ所か道の駅に寄りながら。下の写真はいまい恵みの里で見つけたスイカとカボチャである。カボチャでかいなぁ……。スイカはお尻だww つやつやしてるwww

道の駅ではすっかり野菜や果物を買うクセがついてしまった。だって東京のスーパーより安いことが多いんだもん。どうせ遠出したんならとおもって買ってしまうのだ。長野は特にきのこ類も豊富で助かるわ~~~。

そして、松本で晩御飯を食べて、別荘へと戻った。別荘は相変わらず紅葉していなかった。ってあたりまえだけどw
う~ん、毎年紅葉の資料写真を求めて色んな所に行ってるんだけど、全然成功した例しがないなぁ……。一番成功したのはほぼ地元の平林寺じゃなかろうか(笑)。4 年前。

あと田舎の紅葉というとどうしても山の中になってしまうが、紅葉の中の温泉街とか町並みとかも撮りたいのよね。どういう所に行くと撮れるのか……その辺は調べて見ないとだなぁと思いつつ……。

さぁ、蕎麦の時間です!

奈川に蕎麦を食べに行く。今回の旅行の目的の一つである。
そもそもなぜ奈川に行くことを決めたのかというと、そのきっかけは伊集院のラジオ『深夜の馬鹿力』の 2013 年の放送である。奈川はボクにとって馴染みのある場所ではなかったが、その付近にある野麦峠乗鞍岳などはよく知っており、ドライブでも訪れるところであるため、頭の中でどれくらいかかるかとかそういうのは何となく予想しやすかったのだ。

初日、別荘を出て立科に着いた我々は朝食から蕎麦を選んだ。奈川以外の蕎麦を食べておくことによって、より奈川の味を脳に刻もうという魂胆である。入ったのは黙坊というお店。単純に朝風呂に入った温泉から近いってだけの理由で選んだお店だw

入ってしまったと思ったのが、意識高い系を思わせる店の作りだったこと。そしてメニューがもりととうじ蕎麦しかないこと。これは美味しいが面倒くさい店だぞ。きっと大盛りとかない、とか勝手に思いながら席に着く。
じなみにこの時点ではボクは「とうじ蕎麦」が何か解っていなかった。

とうじ蕎麦を注文。すると、なにやら大がかりな準備がなされる(写真 3 枚目と 5 枚目)。カセットコンロが出てきて、その上で鍋に入ったかえしを茹で、そのゆで汁に 6 枚目の写真にあるザルに蕎麦を入れてしゃぶしゃぶにして食う。

蕎麦は茹でるとすぐにグズグズになってしまうから、こうやってさっとゆで汁に通して食べるのだ。そしてこれが「奈川での蕎麦の食べ方」だということを、後に知る。

そして、蕎麦は、うまいwww
うまいよこれ。
蕎麦の風味ももいいし、喉越しもいい。変にツルツルもしてないし、固くもない。
ちょうど良い柔らかさ。
そしてかえしが、少しだけ苦みを残した出汁になっていて、喉に来ると出汁の味が広がるというか何というか。甘さと醤油さはかなり控えめ。キノコの出汁がかなり強い。そして最後の写真にある薬味を少し加えると、これが美味しいんだが、これが何だったのかすっかり忘れたww
あと花豆の煮付けや野沢菜漬けなんかも自家製っぽくてとても良かった。

お店の人もわりと気さくに話だで切る人で、ホット胸をなで下ろす。

さて、夜はいよいよ奈川の蕎麦である。こちらはあらかじめ調べておいた、比較的夜遅くまでやっているお店だ。名前は『福伝』。

実は今回の旅は平日であるため、定休日というものに非常に左右された。
奈川の蕎麦屋さんは、火曜日・水曜日どちらかが定休日の所が多く、ちょうど火曜・水曜に奈川に来たボクらは定休日をちゃんとチェックしておかなければならなかったのだ。土日祝日に旅をしているとついつい忘れてしまう項目である。
去年の和歌山旅行でも定休日には痛い目を見た。

福伝さんは、入るとなんというかおばあちゃん家みたいな作りw
テーブル席もお座敷もあるが、せっかくなのでお座敷へ。そしてここで「とうじ蕎麦」の正体をボクらは知ることになる。寒さの厳しいこの地方でも蕎麦を美味しく食べるために編み出された食べ方らしい。漢字は「投汁蕎麦」と書くことも、この時わかった。

今回は同乗者がとうじ蕎麦を、ボクは盛りそばを頼む。
ここのかえしもまた、黙坊とは異なる味だった。共通点としては東京の蕎麦のような強い醤油感はあまりない。かといって出汁も渋くなるほど出しているわけではない。こちらは黙坊よりは甘さが若干あり、鼻に通るような出汁の香りが心地よい。

面白いのは、黙坊ではとうじ蕎麦用の盛りそばは普通に盛られてきたが、福伝ではちゃんと一口サイズというか小分けにされて出てきたことだ(2 枚目の写真)。

ただ、蕎麦は美味しかったが、サイドに頼んだ牛モツ煮とおでんはフツーだったw
あと野沢菜美味しい。

奈川に向かって秋の長野をゆく

今日は 8 時頃に別荘を出発した。目指すは奈川という場所である。長野県の西の端にあり、岐阜県との県境である。自治体としては松本市に吸収された。
とはいえ、奈川の旅館は素泊まりであり、最終チェックイン時間は 22 時。ただ晩御飯は是非とも奈川の蕎麦屋さんで食べたいと思っていて、それが 19 時までなのでそれまでに奈川に着けば良いという、まったりコース。

なので秋の長野を満喫しながら行こうと考えていた。
とはいえ標高 1000m の清里の別荘においても一切紅葉はナシ。ボクの心の中ではすでに紅葉は望めないと判断していた。

そこで長野でも秋が最も早く訪れる立科白樺湖周辺を回っていくことにした。
まずは立科湖近くにある小斎の湯でひとっ風呂。いやー、ここはイイ温泉であった。とにかく景色がいい。そして、紅葉を見ながらお風呂には入れるんだね。緑だったけど!!! 緑だったけどね!!!!
お風呂はボクらしかいなかったので、資料写真にちょうど良かった。景色の良さ、雰囲気は伝わってくると思う。

次は朝飯! 長野だから蕎麦屋行けばどこでもうまいだろうというボクの勝手な偏見により、黙坊という所へ行く。小斎の湯から 1km と離れてないwww
グルメに感しては別記事でまとめてあるのでそちらを参照して欲しい。

それから長野の田舎道を走りながら白樺湖へ。ここはもう紅葉していると思ったのだが、長野極寒の地(この白樺周辺の道路は、なんと 7 月まで冬期通行止めをしているくらいの豪雪地帯なのだ)、白樺湖でも紅葉はまばらだった。
ますます紅葉は望めないと、ここで心を新たにした。
しかし立科~白樺湖なんて何年ぶりだろうか。この地名を知ったのは幼少の頃、何度か親に連れられて来たのがきっかけで、20 代の頃に一度行ったきりだ。そういう意味では 20 年ぶりくらいではなかろうか? しかし、漠然とした景色と湖の配置しか憶えていないため、とても新鮮だった。
景色も、完全な紅葉は望めないにしても、とても美しかった。
まずは同乗者が撮った白樺湖周辺の景色をば。

そして白樺湖から少し離れた景色である。思いのほかススキが美しいのに驚いた。こんなにススキが広がっていると、それはそれでまた別世界のような印象を受ける。平日と言うこともあってか、人もそんなに多くなく、色んな所に寄りながらのんびりと移動出来たと思う。
こちらの写真は iPhone によるものである。

このススキの平原というか山はずーっと続いていて、この道路沿いにあるドライブイン『霧の駅』で休憩。といっても飯を食うほどではなく、ここでお土産を買ったり、お焼きをぱくついたりして、今度は鷹山ファミリー牧場なんかにも行って見る。

鷹山ファミリー牧場は平日だったせいか、凄くひっそりとしていた(汗)。
やってるの? って思うくらい。一応、特別なことが無い限り年中無休らしいが……。
恐る恐る入ってみる。
誰もいない食堂。
奥から、わりと若いお姉さんが出てきて、ソフトクリームを売ってくださった。
中も見学していいかと尋ねると、快く案内してくれた。

他にお客さんがいないせいか、我々もノーマークだった。巡りほうだい。ヤギに、牛に、馬に。馬でかい。やばい。牛さんは乳搾り体験用に何頭か外に連れられてた。人なつっこくで、ボクらが近づくと寄ってくる。
でかいなぁ。

山羊さんは動画を撮ったものの音声は同乗者の声がけっこう入ってたので映像のみ(汗

鷹山ファミリー牧場を出た段階ですでに 16 時を回っており、夕食を食べる時間も考えるとそろそろ奈川に向かった方が良いだろうと言うことで、一路、奈川に向かった。途中、渋滞などもなく、すんなりと奈川に。夕飯は奈川の蕎麦屋『福伝』でいただいた。グルメレポートは別記事に書いてあるが、とにかく美味しかった事だけは報告しておく。

紅葉には恵まれなかったが、懐かしい立科~白樺に寄り、蕎麦も堪能して 18:30、予約していた宿『鳥屋沢』に到着した。

夏休み、始まる

先週金曜日に発症した急性腸炎は、痛みはなくなったものの、医者からは固形物を食べないようにと言われたので、土日は大人しくウィダーインゼリーだけで過ごした。
月曜日にも病院に行ったが、やはり腸の活動はかなり弱まっているままとのことだった。

医者に、今日の夜に旅立つことを告げると、「何しに行くの?」と聞かれたので「長野に蕎麦を食いに」とこたえると「うどんにならん?」って言われた。どうやら蕎麦よりうどんの方が消化にいいらしい。

「もし蕎麦食って腹痛くなったら、かえしだけ飲んで蕎麦は一緒に行く人にあげなさい」言われたので、「おかのした」と答えておいた。

そして薬を大量に出される。下の写真は左が土曜日にもらった薬。右が今日貰った薬である。

さて、今日は 21 時頃、退社した。これから同乗者とともに長野へと旅立つ。うちの会社はお盆休みを 7 ~ 10 月の間ならいつとっても良いことになっていて、今週 16 ~ 19 日に休みを取っておいたのだ。
今日は普通に仕事をし、仕事が終わったらまず清里の別荘へ移動することになっていた。本格的な移動は翌日からである。
旅の目的は紅葉の資料写真と奈川という所に蕎麦を食べに行くの二つである。
奈川は、奈川に生まれると他の場所で蕎麦が食べられなくなるくらい蕎麦が美味しいとまで言わしめる、蕎麦の名産地、いや聖地と言っても過言ではない場所である。すでに 8/3 に奈川に一つしか無いという旅館に予約も入れてある。

でね、同乗者と合流したら晩飯を食いたいという話になった。
そしてなぜかラーメン屋に行くことになった。
大丈夫なのか、ヲレ?wwww
土曜日からゼリーしか食ってないけどwwww

入ったのは雷豚。辛い味噌ラーメンで有名な。マテwwww
当然、辛いのは控えた。ただ今になって思ったが、腸内の細菌が問題であるならば、辛いものの方が良かったんじゃないかと思った。殺菌作用的に。
ボクが頼んだのは焦がし醤油的なラーメン。胡椒がすげー効いてた。大丈夫なのかなwww
美味しいけどもうちょっと醤油のコクが欲しかったなぁと思いつつ……。

それから談合坂 S.A. で飲み物とかを調達しつつ、日付の変わる頃、別荘に到着。
その後、腹が痛くなることもなく、また腹が痛くて目が覚めると言うこともなく、睡眠に落ちた。

オタク文化はエロと暴力ですが何か?

最近はウェブ ブラウザを開くとニュースのヘッドラインが表示される。その中に興味を引いた記事があったので、何となく読んでみた。簡単に言えば萌え絵は露骨なセックスアピールであり気持ち悪いものであると思っている人が、オタクから総攻撃を受けたよっていう記事だ(笑)。

萌え絵を気持ち悪く思う気持ちは理解出来る。
今でこそあまり言われなくなったが、そもそもオタク文化はエロと暴力が発端となっている。そんなもんは GINAX 作品やスタジオ ジブリ作品を見れば一目瞭然であるし、20 世紀はわりと普通にそう認識されていたと思う。
が、21 世紀になってそういうことはとんと言われなくなった。

さて、萌え絵である。女の子をオタクの男性が見て可愛く見えるように最大限に振ったものである。従って気持ち悪いと思われても仕方がないし、実際、露骨なセックスアピールをしている絵は多い。
なので、別に気持ち悪いと思った人は気持ち悪いと発言していいし、されても仕方ないものだと思うよ(笑)。そしてオタクの人たちも、萌え絵を見て不快感を示す人もいるということは頭の片隅に入れておいた方がいいとは思う。極端なことを言ってしまえば、萌え絵をわいせつ物と見られている、ということだからねw

ただ、性に関してはボクはもっとおおらかでイイと思っていて、その気持ち悪いと思う人たちには、まぁそう目くじら立てなさんな、目の保養、目の保養くらいに思ってもらえるとありがたいなぁとか思っているが今や海外ではちょっとし失言でも大変なことになっているので、もしかしたらボクの考えは世界の常識とはかけ離れているのかも知れない。

さて上記には「性の問題」と「ポリコレ問題」の二つが実は含まれているのだが、それについてはまた別の機会に。

ところで話変わって、ネットとかで時々「ヨハネ」という名前の女性キャラを見かけるようになった。何の作品か解らないのだが……なぜこんな名前をつけたんだと、最初見たとき吹き出してしまったwwwww

イラストとかの綴りでは YOHANE ってなってるのが多いので、世界一般でいうところの「ヨハネ」とは違うようだ。世界で言うところのヨハネはヘブライ語である。そしてこれは英語だと単純に「ジョン(John)」だ(笑い。名前によく使われるジョン。しかも男名。
ボクは聖書を知っているので、ヨハネっていわれるとオッサンの顔しか思い浮かばないwww

なので吹き出してしまったのだ。この娘がどんなに可愛くても、この娘でオナニー出来ないwww<そこかよ!
名付ける方ももうちょっと調べて欲しかった……。

思想を歴史に頼った右翼のアイデンティティは成立するのか?

政治ネタ。まぁ、日記は上の記事についてではない。
ボクなりの右翼がするべきことにちょっと触れてみたいと思った。
今の右翼はわりとアメリカに迎合している者が多い。なんでかは解らないが、自分たちが存続する上でも楽だからだろう。安倍ちゃんなんかもその部類に入る。もしくはアメリカから何か担保されている可能性も否定出来ない。

右翼の定義も難しい。日本の場合ただの保守というだけでなく、天皇制も絡んでくる。

ところで今の天皇制を生んだ明治政府、引いては薩摩長州の政治ポリシーはどんなものであったのだろうか? ボクのツイートでは「右翼は天皇の言うことを聞かない」と表現したが、薩長から言わせれば、彼らが天皇を復帰させたのであって(しかもあまり支配欲のない皇族を選んだとされている)、そういう立場からすると天皇の方が言うことを聞かないとなってしまうだろう。

今の右翼が薩長寄りの精神を受け継いだものなのかどうかボクには解らない。

さらに戦後はどうか? アメリカは戦犯というものを強調し、悪かったのは彼らであり、国民はそれに踊らされたという常識を作り上げた、とされている。これは左翼がやるプロパガンダを参考にして行われた(このプロパガンダには CIA の前身である OSS が実際に中国やソビエトからレクチャーを受けているらしい)。かくして日本国民は太平洋戦争の罪悪感を感じることなく、それらはすべて戦犯の所為にして高度経済成長時代を築き上げた。
もっとも靖国神社は戦犯を戦犯としては扱っていない。ひょっとしたら靖国神社の中枢の人たちは今でもアメリカ憎しなのかも知れない。

どちらにせよ右翼のやるべきことはアメリカが作り上げた戦前の日本像を丁寧に説明して否定し、本来の大和魂と言われる戦前の日本像を解き明かしていくことが大事だとボクには思えた。そこには武士道といった日本の誇れる正義感や価値観があり、美しい日本とはまさにこのことであろう。というかそれが右翼の目指す社会なのだろう。

だがこれには一つ大きなリスクが伴う。それは太平洋戦争の責任を戦犯だけでなく日本国民全員が背負うことになるからだ。国民みんなが八紘一宇のために一丸となって戦ったのだということを日本の常識にしなければならないのだ。
これが今の右翼が反アメリカになかなかならない理由の一つではないかと、ちょっと思っている。

ところで先ほど美しい日本とは武士道ではないかと書いたが、右翼思想と武士道には矛盾もある。そもそも武家社会は天皇を遠ざけてきたはずで、そしてそのために神道ではなく仏教を取り入れてきた。しかし薩長は天皇を担ぎ上げて江戸幕府を倒幕し、系統化されていなかった神道を無理やり国教に仕立て上げた。

結局の所、我々は先人たちの残した過去の資料から歴史を知ることしか出来ない。そしてその資料を読み解いた一人一人がその歴史を自分の思想の元に解釈し、空白になっている所は想像して、自分が納得する歴史を作り上げていく。
従って明治から太平洋戦争終結までの日本人の感覚・常識・アイデンティティというものが一体どういうものであったのかを正しく知ることはなかなか難しく、また何の歴史資料に触れたかによっても歴史認識は異なってしまうだろう。
そうなると「歴史にその思想の大半を頼る日本の右翼」のアイデンティティというものをちゃんと説明出来る人はいないのではないかとも思えてくる。例えば夫婦別姓に反対する右翼なんかも、いったいどこに伝統の中心を置いているのか、右翼でない人間からするとよく解らないのである。

右翼というとたぶんみんな「あんな感じ」という漠然としたイメージはあると思うが、突き詰めていくとそのアイデンティティを明確にするのは非常に難しいと感じている。右翼の人自身がどのように自己を確立出来ているのか解らないが、おそらく彼らも突き詰めた議論は出来ていないようにも思うが、どうだろうか?

救急車を呼ぶべきか、耐え忍ぶべきか

今日は奮発してお寿司を食べに行った。
といってもランチである。

蔵前駅に行く途中、国道 6 号蔵前橋通りとの交差点に寿司屋があるのを発見したのは数週間前。値段もそんなに高くなかったので気になっていたのだ。ただ回る寿司屋じゃないし、門構えはなんというか初心者お断りな雰囲気を漂わせているので躊躇していたのだ。

名前は『菊正』さん。
入ると右手にカウンター、左手にテーブル席が二つほど。なかはけっこう混んでいる。

同僚が海鮮丼、ボクが握りセットを頼んだ。
ネタはけっこうよかったと思う。臭みがなくて味もちゃんとしてて、比較的最近食べた丼丸よりも全然美味しかった。1000 円でこれなら文句ないんじゃないかなぁ。卵もガリも自前で作っているようだった。
お味噌汁も、けっこう出汁重視でおいしい。

イイお店でした。

事件は 18 時頃起きた。にわかにお腹が痛くなってきたのだ。
この痛みの種類は下痢の時にキューって腸が締め付けられるような痛さ起きる時があるけど、それに近かった。ので、腹を壊したなと最初は思った。菊正の寿司を疑いはしたものの、アニサキスだとしたら食って 5 時間もたってから痛くなるわけはないし、奴らが攻撃するのは胃壁である。この痛みは位置からして、腸だろう。大腸小腸かは解らぬが。
ただ、5 時間頃というとお寿司が小腸に達している時刻ではある。

とはいえ、痛みの性質から、すぐに止むだろうと思っていた。実際、下痢でこの痛みになった時はすぐに痛みがなくなり、そのあとトイレに行ってしまえば治るからだ。

ところが今回は違った。
まったく便意は起きないのだ。
だが、痛みは続く。

さすがに 21 時頃になってこれはやばいのではと思うようになった。
仕事も手につかない痛さになっている。しかし病院はどこもやっていない。もしどうしても病院に行くなら救急車を呼ぶしかない。
そこでこの痛みは我慢していいモノかどうか考えた。

まず発汗、発熱がない。下痢もない。おならは普通に出る。
痛み以外に異常が見当たらないのだ。ということは、我慢して翌朝になってから病院に行ったんで良いのだろうと素人ながらに判断した。電車にも乗れないというか歩くのもままならない痛さだったのでそのまま会社に泊まることに。

面白いのが痛みが移動していくのである。最初は虫垂炎を疑ったのだが、深夜頃、大腸にさしかかった頃から大腸にそって痛みが移動していくのがわかったのだ。そして朝の 6 時頃、ついに直腸の手前ぐらいのところに痛みが移動したので、これは出せば治るのではと思ってトイレに行ってみた。すると下痢ではない普通の便が出た。
なんやねん。

そして痛みは消えなかった……orz
結局、浅草橋にある土曜日もやっている小さな診療所が開く 10 時まで痛みを耐えた。実に 16 時間。いやー、なにこの拷問。ほとんど眠れないまま病院へ。

聴診器をあてると、ほとんど腸が活動していないと告げられる。その後、血液検査、尿検査、レントゲンをとられ急性腸炎だと言われた。白血球の活動が活発になっており、なんらかの菌(ウィルスも?)がいることは確からしい。
その場で 2 時間ほど点滴をうけると痛みはなくなった。とりあえず固形物はくわず、ウィダーインゼリーみたいなので過ごしてくださいと言われ、開放された。
もー、なんだったんだ……orz