ラーメン屋が閉まっていたのでカレーを食う

今日は知人に勧められたラーメン屋に行こうと上石神井に向かった。そのラーメン屋は光戦隊マスクマンのレッド役が店主をしているというお店で、またボクにはそれなりの思い入れがあるラーメン屋味噌一』なのである。ところが、定休日なのかやってなかったwww

さて困った……というわけで上石神井をブラブラする。
ここはお気に入りの洋菓子店があったのだが、潰れていた。
あとお気に入りのカレー屋もあったのだが、やめてしまった(母体である仕出し屋の津多屋は健在)。
それにしても食べ物屋が多い。いいなぁ。
パンチ餃子とか、気になる。

ただやってない店も多かった。日曜のお昼時なのにやってないんだなぁ、上石神井は。
まぁ昔は日曜日ってお店って休んでたよね。

で、結局、インド料理屋になったw
名を『ミトミトカレー』。向こうの言葉なのかしら? ミクミクカレーではない(ぁ

チーズナンもあったから頼んじゃった。

味はもう忘れちゃった(汗)。普通に美味しかった。あとお客さん誰もいなかった。日曜日のお昼時だというのに、食べに来る人いないんだなぁ。だからやってない店も多いんだね。

それからコインパーキングに戻っていると、行列のできているパン屋さんがあった。飲食店には入らないのに、パンは買うのか……どうもこの辺の行動基準がわかないが、それはボクが家族を持っていないからだろうとなんとなく想像する。

ホームベーカリー 藤ノ木』。

いろいろ買った。が、値段は高め。昔からこの上石神井にありそうなパン屋なんだけど、値段は今風。
惣菜パンが 300 円から。三つ買ったら 1000 円に届いちゃう系。すごいなぁ、コンビニ弁当や吉野家の安さが改めて解る。あっちは 500 円以下でおなかが膨れるもんなぁ。

それなのに行列ができてるんだから、さらにすごいことだ。

というわけでいろいろ買う。
そしてこちらも味を覚えてない(汗)。まぁ何せ半年前だからなぁ……なんでこんなに日記に差が付いてしまったのか……。
写真は左から、カレーパン、粒あんパン、ピスタチオディニッシュ、生チョコディニッシュ、いちごディニッシュ、パン・オ・ショコラ。

で、夜。日付も月曜になってる夜中の 3 時。さすがに腹が減ってるんだけど、昼間のパンのせいで胸焼けしたママだ。
後寝るだけなので今食べてもなぁ……。

どうでもいいネタ。
魔法には対象物の感情を読み取る系のものがある。怒っていたり悲しんでいたり憎悪を持っていたりなどが解る魔法だ。テレパシーというもっとわかりやすい魔法もあるが、感情を読み取る魔法はとても大雑把なもので、相手の感情や意思を言葉として得られるわけではない。大雑把なおかげで、人間だけでなく動物やモンスターに対しても使うことができる。ただ、当然ながら感情を持っている対象でなければ効果がない。

ということは、相手が AI であったりロボットだったりアンデッドだったりした場合には、解らないことになる。

しかしながらそれがプリースト魔法だった場合、判断するのは神様になってしまうので、相手が機械だったとしても、またアンデッドだったとしても、何らかの答えを神様は教えてくれそうだ。特に自分に危害を加えようとしているのかどうかが知りたい場合は。一方のマジック ユーザが使う魔法の場合は、機械やアンデッドの感情など読み取りようもないであろう。感情などないのだから。

と、ツイートではそこで終わっているのだが、実はもう少し掘り下げることができる。
それはクオリアの問題だ。
もし魔法が万物のクオリアを感知してその感情を読み取れるとしたら、相手が機械やアンデッドの場合でも何らかの出力が得られる……可能性があるかもしれない。何せ、我々は生き物に対してのクオリアをだいぶ解決しつつあるが、生き物ではないものがというか、物質がクオリアを持つのかということに関しては、まだ解明できてないからだ。

もっともクオリアを得るためにはある程度の神経細胞が必要というのならば、物質のクオリアなど考える必要もないのであるが……空想の物語を作る上では物質もまたクオリアを得られる……とする方が面白いかもしれない。魂は万物に宿る。

まん防と格差社会とシモジマ

おまんこ防衛のことをまん防だと思っているバカがここに。
ところでいつまで経っても、基本、行動制限なのね。いや、別に COVID-19 をインフルエンザ並の病気にまで下げろとか、コロナは風邪とか言う気はさらさらない。そうじゃなくて、すでにこの新型コロナウィルスを絶滅されることは今の科学・医学では不可能なのだから、こいつらがいても生活できるような方法を模索してくれよって話だ。

これはある程度国が旗を振ってくれないと、個人や私企業だけではやりにくい。

コロナ禍に突入してすでに三年目。行動制限を呼びかけるだけじゃなくて、もっと能動的な対新型コロナの生活方法や防疫体制・対策を積極的に開発、取り入れていってほしいのだが……。

あとあれね、世の中、けっこう注射嫌いな人って多いのね(笑い
いや、嫌いなのはいいけど、それでワクチン打たないっていう判断なのが個人的には面白おかしいし、ある意味閉口もする(なにかポリシーがあってワクチン摂取しないのは別に良いと思う)。なぜ閉口するかというとつまりその人は「嫌い」という理由で様々なことに取り組まない人の可能性が高いからだ。

ところで愛媛県はまん防とかやらないらしい。いいなー。

パーティ全体に影響を及ぼすスキルってゲームではいろいろあって、簡単に言うと攻撃力が増すとか、状態異常にかかりにくくなるとか、行動速度が速くなるとか。俗にバフという。で、これらを現実に当てはめるとどういう現象なんだろうか? っていうね。解りやすいのは「鼓舞」だ。ジャンヌ・ダルクは明らかにフランス軍を強くしたと言ってもいいだろう。
また開戦前の将軍や国王の演説も同じような効果があるし、指揮官が前線に立つことも、兵士たちの士気を高める。。

つまり人間はモチベーションと環境によって、戦力が大きく変わり、バフとはそれを表現したものと言える(バフはそれだけにとどまらず、魔法的なものドーピング的なものも含むが)。

すると、こういったことは人間以外でも起きうるのだろうか?
群れで行動するオオカミ、象、ライオン、はたまた蟻や蜂……これらもやはり象徴となるような存在が、種の存続に大きく関わっていそうだ。つまりは、生き残るためにはこうした精神的シンボルの存在が必要であり、すなわち集団とはリーダーという存在を欲しているということにもなる。

ということはだ、格差が生じることもまた、種を存続するために必要なことなのかもしれない。

あぁ、なんか話がずれたな。そっち(社会学)の方に話を持って行く気はなかったのだ……翻って、AI などの機械はどうなのだろうか? モチベーションというものは必要ないように見える。常に一定のパフォーマンスを発揮できるのが、機械の強みだ。今日はやりたくない気分だからとかいう理由で機械の調子が悪くなるなどということはない。

が。

機械でも環境の影響は大いに受ける。それは、湿度・気温・エネルギー源の質だ。エンジンは湿度・気温、そして燃料の質でパフォーマンスが変化する。モーターもしかり。さらに言えば、電気を通す銅線や電気をためるキャパシタなども環境の影響を受ける。しかしデジタル回路はそれでも比較的環境の影響を受けにくい存在となった。もちろん一つ一つのパーツは影響を受けているのだが、適用する信号の種類が少ないため(極端な話、0 か 1 さえ解れば良い)、各部品のパフォーマンスが少々ぶれたところで、装置全体に影響することはないからだ。
そしてその上で作り上げられた AI というものは、もしかしたらモチベーションというものは関係ないかもしれない。少なくとも、モチベーションというものを学習しない限りは(ぁ

ただしデジタルの世界も、高クロック化・微細化が進んだせいで、環境の影響は受けやすくなりつつある。というのも 0 と 1 の境界がかなり近づいてきてしまっているからだ。だから環境の変化によって、 0 だったものが 1 になってしまう……なんてことも起きてしまう世界になってしまってはいることは補足したい。

車を走らせていると時々見かける『パッケージプラザ』というお店。様々な包装紙や封筒・梱包材などを売っていて、割と楽しいお店だ。
少なくとも数時間は時間が潰せる(笑)。
ボクが住んでいる周辺にもいくつかあるのだが(店構えは、こんな感じ)、あれがボクがかつて働いていた浅草橋にあったお店『シモジマ』の系列店だというのを初めて知った。

マジか。

しかもボクがシモジマを知ったのは、浅草橋で働くようになってからで、パッケージプラザはその前から知っていた。というのも、同人即売会などに出店するときにお世話になっていたからだ。シモジマには浅草橋にいた頃は本当にお世話になったが、まさかその前からずっとお世話になっていたとは……なんとも不思議な気分であった。

そこに余地があるから

なんとも切ない記事を見つけたので、それから派生した話を一つ。ジャンル的にはなんだろうねぇ、哲学に近いのかしら? とはいえ、そんな大仰な話ではない。

生きるという事は大変だ。それでも人類は社会というものを形成し、自然界の弱肉強食の世界からはある程度離脱することに成功した。とはいえ、この社会の中での生活がけっして誰にとっても幸せに過ごせるというものでもない。
戦争、いじめ、経済格差、様々な差別などなどの問題が社会の中に溢れかえっている。
結局のところ、これだけ科学が発達し、社会制度が発達しても、誰しもが食うために一生懸命だ。

なぜかくも、この世界は過酷なのか。

幼少の頃からそう思ってはいたけれど、その答えもたくさんあったように思う。弱肉強食というのもその一つだろうし、人間が持つ欲望・自己中心・妬みなどを揚げる場合もある。自然災害ももちろん原因の一つだろう。
ただ、これら全ては、一つの理由に集約できないか? と、漠然と思ってきた。

ところで(きん)という物質がある。我々の社会では価値の高い金属として有名だ。あの金は超新星爆発がないと生まれない元素であることをご存じだろうか? 恒星(太陽)が燃え尽き、自分の重力で大爆発を起こしたときの超高温や高重力で原子と原子がくっついて生まれたのが金だ。
金に限らずより重い原子は、すべて超新星で生まれる。また鉄を含むそれよりも軽い原子は、恒星の中で作られる。これらは水素ヘリウムが、恒星内部の高重力と高熱によって、元素合成が起きて作られるのだ。
夜空を見上げると、たくさんの星々が瞬いているが、あの中で、鉄ばかりでなく岩石の元となるケイ素や、硫黄塩素などなど様々な原子が作られているのである。

つまりボクらの足許にある地球、そしてボクらの身体を構成する物質は全てがあの星々の活動によって生まれたのである。その中でも特に金は、超新星によってのみ生まれた元素なのだ(恒星が全て最後超新星爆発をするわけではない)。
もちろん宇宙規模で見れば、超新星なんて至る所で起きてはいるが、その時生まれた元素がこうして宇宙の至る所に広まって、ボクらが住んでいる地球の中にも埋もれている。非常に浪漫あふれる話ではあるが、同時にこの原子たちの広まりに恐ろしさをさえ感じる。
あの広大な宇宙に、つまりこれだけの原子が漂い、そして宇宙の果ての果てにまで行き届いているのだ。

そう、これこそが、ボクらが生きることを大変にしている元凶なのだと気づいたのだ。

高校だったか中学だったか、化学の授業の時、物質は均等になろうとするというのを教わったと思う。偏りのあるものはなるべく平らになろうとする。もちろん、それが不可能な場合もある。せき止められていたり重力があったりして、平らになれないこともあるが、とにかく物質はまんべんなく混ざろうとするのだ。そして何もない場所があれば、もちろんそことも混ざろうとする。つまり広がろうとするのだ。
だから、宇宙中に水素とヘリウムだけでなく、恒星によって作られた様々な物質が広がっていった。広がれるところがあれば、そこに原子はどんどんと広がっていく。そう、そこに自分たちが入る「余地」があるからだ。
これとボクらの社会となんの関係があるのか?

生物もまた、そこに余地があれば入ろうとするのである。

生きるためにとか、生存圏獲得のためとかではなく、そもそも我々はというか、物質はどこまでもどこまでも広がっていこうとするものなのだ。そこに入り込める「余地」があれば、勝手に入っていってしまうのである。
思考や哲学は関係ない。原子も、分子も、元からそうなのだから、それらで構成される遺伝子もまた同じ性質を持ち、そしてその遺伝子で作られたボクらもそうなのである。ちょっとでも隙があったら入り込む。そこにすでに何かあるなら、追い出したり融合したりしてやっぱり進出する。
欲望とか利己的とかなどというのは思考を持った我々が考え出した後付けの理由であって、そんなものがなくても、我々(というか、我々を構成する物質)は、広がり、そこに何かあれば侵略し、もしくは融合し、そしてまた広がるものなのである。
つまり人間が他人をおしのけて自我を押し通すのは、ずばりそのまま元素が宇宙に広がっていくことと同じことなのだ。金持ちが満足せずに搾取を拡大するのも、国家が空白地帯や他国に侵出するのも、弱者を追いやるのも、はたまた宇宙開発に乗り出すのも、全ては余地を求めて広がろうとする物質の本質なのだ。だからこれから先どんなに社会が成熟しようとも、過酷な世界なのは変わらないのかもしれない。少なくとも宇宙が生まれて 138 億年、ずっとそうだったのだから。

だけれども我々はその広がろうとする物質によって、知性を得た。その知性もまた広がろうとすることに支配されてはいるものの、異なる思考や思いができるようになってきた。138 億年かけて宇宙が生み出した、新しい概念・新しい仕組みかもしれない(もちろん、知的生命体は過去にも生まれて新しい概念を作り出せていたかもしれないが)。
それが正しいことなのか間違ったことなのかは解らない。間違っているなら、やはり広がろうとする物質たちに駆逐されて終わるだろう。
しかし、間違っていないなら、もしかしたら、新しい物質の法則が生まれるのかもしれない。ボクはそれに期待している。

などということをしゃぶしゃぶを食いながら考えて……いたワケでもないが、ゆず庵に行った!