水冷クーラー、壊れる

メイン開発機の CPU クーラーが壊れた。導入は 2022 年の 5/10 だ。簡易水冷の寿命はだいたい三年とされているので……三年はもたなかったが、妥当か? というのも 2024 年の夏はとんでもない暑さだったからだ。ビデオカードが壊れサーバの電源もお亡くなりになった。そして CPU クーラーである。

よく働いた方ではかなろうか?

なので壊れたのは仕方が無いとして、問題は次どうするかだ。また水冷にするのかそれとも空冷に戻すのか……。ちなみに今回の壊れた水冷にするまでの経緯は日記にも書いてある。そして性能そのものにそんなに不満はなかったのだが、水冷は水冷で他の問題がある。それは CPU しか冷やさないことだ。空冷の CPU ファンはメモリやマザーボード、またケース内のエアフローによっては GPU に風が当たるように出来るのだが水冷ユニットは CPU しか冷やさない。場合によってはケース内の空気の停滞を引き起こす。ビデオカードが壊れたのも水冷が関係するような気がするのよねぇ……悩む。


今日は晩ご飯にかつ庵というとんかつチェーン店に行った。ここはかつやより好きなんだけど、実はここに来たり封は二つある。一つはそもそも近くに出来たこと(笑い。もう一つはがってん寿しのかつ敏と味比べをしたいと思ったからだ。

頼んだのは黒豚ロースカツ定食で値段はかつ敏の約半額の 1290 円。
結果はかつ敏の方が全然上だった。肉の固さも動物臭さも揚げ加減も。個人店が揚げるギリギリ全体に火を通すところでやめた感じがかつ敏では再現されているのだ。かつ庵のは完全に揚がってしまって肉もだいぶ固くなっている。でも値段は半分だからね、トータルで言えばイーブンじゃなかろうか。
あと名古屋の味噌カツ用ソースがあるのがいいね(二枚目の左上の小鉢)。

ちなみに一枚目のからあげの隣にいるのは牡蠣フライかと思ったら牛肉コロッケだったw

アメリカの意思

トランプさんのその場で思いついたかのような政策は確かにトランプさんの我が儘というか、本当に思いつきのように見えるんだけど……背景を探ってみるとどうもそれだけではなさそうという気がボクはしている。トランプさんに入れ知恵している人(もしくは組織)がいるんじゃないかなぁっていう。だからこの無茶振りにも見えるトランプさんの発言は、ある一部の(?)アメリカの意思かもしれないと最近は感じている。にっちにその根拠や証拠を示すにはもう少し情報収集が必要だ。

とはいえこの日記を書いているのが 2026 年の 2 月なので↑のツイートに較べトランプ政権を一年以上経験しているためフェアではない。ただ一年経験してその思いはさらに強くなっている。この辺の話も日記になるのは一年後かw その頃にはさらにトランプ政権に対する知見も蓄積されているだろうなぁ。

下はお昼のデザートに買ってきたマックの生チョコクリームパイとホワイトチョコミルクティーパイ。味は忘れた! けど、あったかいデザートってさ、そんなに種類多くないじゃない? なので好き!<そこかよ
そして 4 ~ 6 枚目はなんか不思議なグミみたいなお菓子。見た目は角砂糖w
個人的に杏仁豆腐味が好き。

下のは山岡家がはじめた煮干し出汁ラーメン屋『煮干しラーメン山岡屋』のものだ。アレ? 確か極煮干し本舗って名前だと思ったんだけどなぁ? 名前変えたのかな? やっぱ山岡家の名前をつけないとお客さん入らなかったのかなぁ?
この店は以前にも行ってるんだけど、恐らくチェーン店で初めてセメント系を出す店だったのではなかろうか?(そのときの写真
ただセメント系じゃない方は、ふつーの煮干し出汁ラーメンなので寄った。場所は久喜なんだけどなんでそんなところにいたかというと、たぶん三県境の知人の所に行ったんだと思う。その帰りに寄ったのだろう。埼玉の北の方や佐野とか足利とか小山とか古河とか館林とか行ってる時はだいたいこの三県境の人の所に行ってることが多い。

まぁ渋くなるまで出汁を取っているところは他の煮干し系ラーメンの例に漏れず……なので美味しくない<ヲイ
なんで渋くなるまで出汁とるんだろうなぁ~? 大勝軒のおやっさんが生きてたら聞いてみたかった。おそらく池袋大勝軒がこんなことしてなかったらここまで渋い出汁のラーメンは流行らなかったんじゃないかなぁ? ただなぁ、池袋大勝軒ではなく永福町の大勝軒も渋いらしいんだよねぇ(永福町のは行ったことがない)。

コクとか出汁の深みってこういうことじゃないとボクは思うんだけどね。もっと出汁を濃くしたかったら、追い出汁や昆布・シイタケなどを使うとか色々手はあると思うんだよねえ(追い鰹をしてるところは多そう)。

ところで三枚目の写真、これはありがたいと思った。実はトイレに立っているあいだに片付けられてしまうなんてことがあるからだ。あと他のお客さんが座ってしまうと言うことも(料理が残っていても、片付けがまだなだけだろうと座る人がいる)。なのでこういう意思表示のカードがあるのは有り難いね。

サーバの電源が死んだ日と再びパンチョに行った日

サーバの容量を増やすために HDD の交換作業をして電源を入れようとしたら、電源が入らなくなった。
マジか!!
これは大問題だと思うモノの、電源が原因だというのはすぐに解った。
予備の電源にとりあえず入れ替える。

原因はやはり猛暑だろう。ビデオカードの破損に引き続き、サーバの電源までも逝くとは……やはり今夏の熱は凄かったんだなぁ。ただね、去年も暑さで言えばけっこう凄かったのよ。なので今年だけのダメージではなく、二年にわたるダメージの蓄積だと思われる。

予備の電源は 550W しかないのでちょっと心許ない。まぁ、緊急措置で長い事つかうわけではないので大丈夫だとは思うけど。
ただ電源の交換ってけっこう面倒くさいのよね……。全ての機器(マザーボード、ビデオカード、各ストレージ)に線を這わせなくちゃいけなくて……9:07 にメンテはじめてサーバが復帰したのは 12:56 なので三時間以上の停止となった。


上のサーバの話は昨日の 9/17 の話。それ以外に話題がなかったので、9/18 とくっつけたw
というわけで今日は一昨昨日に行ったパンチョに、会社の同僚、しかもパンチョ好き二人を誘って新座野火止店に行った。
今回は普通にナポリタンを頼んだ。
こっちの方が健康に悪い味がするし、塩味も脂感もバッチリな上に粉チーズも合ってサイコーだった。
やっぱりパンチョのナポリタンはジャンク感がないとね!
今回のチッピングは厚切りベーコンとガリマヨチキン。計 1820 円。う~ん、なんか外食費って一回  2000 円が当たり前になって来たなぁ。昭和生まれからすると外食は高くて 1000 円っていうイメージが未だに頭から離れないんだけど、しかも給料は 20 代と変わってないというか下手したら減ってることを考えるとなかなか厳しい。

4 枚目の写真はパンチョがコラボしていた、たぶん VTuber の誰かのステッカーかなんか。全く知らないのでお店にお返しした(汗)。
この日記を書くとき RIOT MUSIC で検索したんだけど、どの人かはよく分からなかった(汗)。

パンチョ郊外店

いつだったか、国道 254 を流していたとき、パンチョの文字を見つけた。
ナポリタン専門店だ。

パンチョと言えば駅周辺の店が多く、車が止められる店がないので、なかなか行けない店の一つなのだが、見つけた店は郊外型で駐車場もある。ので入ってみた!
パンチョってどこも店内は狭くて、しかも大盛りの店だから客層はボクみたいなデブばっかりで、肩を寄せ合いながら食べなきゃ行けない店ばかりだったんだけど、この新座野火止店はファミレスと同じようなレイアウトで席も広々。これは有り難い。

というわけで白ナポというのを頼んでみた。麺の量 500g。たぶん茹でた後の量だと思う。

イマイチ!

なんか味がぼやけててパンチもない感じ。しかもパルメザンチーズがイマイチ合わない。普通のナポリタンにすればよかった。
ちなみにトッピングは厚切りベーコンにサイコロステーキ 100g、そしてポテトサラダ。けっこうな値段になってしまった(1,870 円)。パンチョって安くて腹一杯ってイメージだったんだけど、トッピングしちゃうと CoCo 壱とあんまり変わらないかも(汗)。
でもウチから近いし22 時までやってるし駐車場あるので、また来よう!

King Diner とマック

今日も三県境近くに住んでいる知人に用事があったので、埼玉県北部に行ったんだけど……佐野ラーメンばっかりなのもなぁと思いつつ、とりあえず羽生イオンで買い物。何買ったのか覚えてないけどw なんか用事があったから行ったはず(汗)。あとたぶんハートブレッドに寄ってるはず。

それにしても凄い人だった……っていうのはちょっと誤解があるな。
すごい車だった。イオンに入るのも渋滞、出るのも渋滞。
凄い人なんだろうなと思って中に入ると、施設内は別に混んではないのよね。人はまばら。施設が巨大だから??

で、イオンに入る時にハンバーガー屋があったので、晩ご飯はそっちで食べる事にする。名前は『King Diner』っていうらしい。なんか店内にバイクが飾っているばかりか隣がガレージになってる! なにこれ、かっこいい!! バイク好きにはとてもいい雰囲気のお店なんじゃないかしら?

写真は色がよくないのは、店内が紫とか黄色とか赤とかの照明がピカピカしていたからw まぁそれは 8 枚目の写真を見れば解ると思う。で、味は割と普通だった(汗)。食べ応えはあったけどね。特にピザがケチャップの味が強すぎて……。まぁでもお肉は粗挽きで嬉しかった。

で、用事を済ませて帰り道、渋滞にあったかなんだかで時間を潰すためにマックに入る<ヲイ
マックでコーラフロートなんて初めて頼んだかも。
King Diner とは味は全然違うなぁ、当然だが。まず肉が全然違う。やっぱマックの肉は肉に似た何かなんだよなぁ。食感がぐにゅっとしててゴムみたいで……でもジャンクフードっていうからには、こういうのでいいのかね? 値段もどんどん高くなってるし、それならもうちょっとお肉を何とかして欲しい。

初めての土佐っ子

まずは昨日の気温から。17.5 ℃がけっこう寒く感じるのよね。
まだ身体が夏なのかしら? 真冬だと 10 ℃くらいから寒く感じるんだけどなぁ。

土佐っ子という池袋にあるラーメン屋に行ってきた。
このラーメンはボク個人的に何の思い入れもないラーメン屋なのにとても思い入れのあるラーメン屋で、しかも今まで一度も行った事がないラーメン屋なのだw

振り返る事 20 年以上前、ボクがまだ免許取り立ての頃、知人と毎晩のように環七を走ってラーメン屋巡りをしていた。そんなときに知ったのが土佐っ子なのだが、その辺の経緯はこちらに詳しい。

でね、土佐っこのおやっさんが亡くなって、その後、潰れたのは知っていて、で、池袋で再開された事も知っていたのだが、背脂チャッチャ系であんまり興味はなかった。が、何がきっかけか忘れたんだけど、池袋の地図を見ていたときに土佐っ子を発見して、「あぁ、ここにあるのか」なんて思っていたらなんとその土佐っ子のある通りが「ときわ通り」となっていた。

なんだか感慨深い。

土佐っ子は常盤台にあったのだ。

そこで何故かボクはこのラーメンはおやっさんの味を大事にしているのかな、と勝手に思い込んでしまったというか、俄然、土佐っ子に行く気になってしまったのだw

というわけで行ってきたのが今日というわけだ。
感想はツイート(ポスト)の通りなのだが、とりあえず池袋でも有名店なようで、ボクが来たときも満席だった。しばらく待ってから入店。メニューには中華の一本モノ(いわゆる麻婆豆腐とか回鍋肉とか)もあってなかなか楽しそうな店だった。ラーメンだけじゃなくてこういうおかずを食べに来るのもいいのかもね。

肝心のラーメンは東京豚骨、でいいのかな? いわゆる和歌山発祥の。豚骨+醤油に背脂がかかってるみたいな。池袋ではこの豚骨醤油の店は多い(屯ちん無敵家ばんからなど)。

で、その後、デザートを食べに行く。
同僚と一緒だったので、同僚を送る途中にある高倉町珈琲へ。季節限定メニューの洋梨のパンケーキ。
とおもったら洋梨を使ったデザートが他にもあったので、全部頼むw
パイ生地も好き。
ただ写真はよく分からなくて、最後の二枚はパンケーキだけれども……4, 5 枚目のパイと 6, 7 枚目のパイは何が違うかというと……栗と洋梨の違いのようだ。

この洋梨のパンケーキには半玉以上の洋梨が使われているのだが、いくらぐらいの洋梨が使われているんだろうか?

北埼玉の古墳を見る

埼玉県北部~群馬栃木南部・茨城西部には古墳が広がっている。今で言う利根川流域、なのかな?(利根川は江戸時代より前は東京湾に注いではいたものの、鬼怒川など銚子方面に伸びる河川はいくつもあったので、この辺りは河川の豊富なエリアだと推測している)。おそらく縄文時代からずっと人が多く住んでいたエリアなのだろう。
また、早くから大和王権に従ったエリアでもある。

この頃、東京はまだまだ田舎で、近畿地方からの道路も群馬県に向かって延びていて、後にそこから南に下る道路が整備された。戦国時代に甲斐(山梨県)から小田原を攻めた武田信玄も、わざわざ長野・群馬を通ってそこから南下して神奈川県入りしている。東京が江戸時代になってから整備された街だということがよく解る。京都へ向かう中山道がなぜわざわざ北上してから南下するのかは、そういう経緯があったりするのだ。

というわけで埼玉北部~群馬・栃木・茨城に広がる古墳エリアは、弥生時代からそれこそ平安時代くらいまで関東の中心と言えるかも知れない。

で、なんで古墳時代なのか。それはボクの作品で日本が舞台の場合、日本のアイデンティティをこの辺りに求めているからだ。
天皇制や大和魂、そして日本の伝統というのはこの頃にだいぶ形成されており、それから飛鳥・奈良・平安で平和的文化も成熟され、武士の時代へと入っていく。
一方、今の右翼が主張する美しい日本像はどちらかというと明治維新の時に確立された天皇制であり、あれを伝統というのはボクは違うと思っているのである。アレは当時の列強と肩を並べるべく、薩長によって整備された当時としては最新の宗教であり、今まで国と言えばだった概念を日本列島全体を国として認識するために必要だった国民の精神を統一するための制度だ。我々日本人は、そこにルーツを求めるのではなく、弥生・古墳時代にこそルーツを求めるべきという考えが、ボクにはあるわけである。

さて、ところがそれには大きな問題があって、それは縄文時代だ。↑でいうボクが思うルーツはあくまでも弥生人のものだ。大和王権が当初、関東や東北の制圧に苦労したように、そこには違う民族(蝦夷)がいたわけで、そちらのアイデンティティもまた日本人のルーツであるはずだ。ところが縄文時代から続いていた文化は、弥生時代に増してよく分からない。特に宗教(神様)については徹底的に(?)大和王権によって上書きされてしまっており、当時の神様の名前やまた英雄や指導者の名前もあまり残っていない。
それでも諏訪大社なんかには出雲の神が来る前の情報がほのかに残っていたり、東北のあちこちには歴史の教科書には出てこないご当地の支配者(たぶん酋長クラス?)の名前が残っていたりする。ただそれらはだいたい悪者になっている事が多いが(汗
教科書に出てくる蝦夷人といえば、やはり阿弖流為が有名であろう。

で、ボクの作品の世界では日本は三つの勢力が今でも存在していて、それはまず元々本州の半分(浜松まで)と九州の北部を支配していた出雲国の勢力(国津神──これが邪馬台国ということになっている)。それから九州から出てきて国譲りで出雲国を受け継いだいわゆる今の天皇家の勢力(天津神)、そして縄文時代に日本を支えていた縄文人達の神様の勢力だ。ただ縄文時代の神様達は一枚岩ではなく、それぞれの土地の土着の神様であったため、結局天津神に圧倒されてしまい、現在ではゲリラ的な活動を強いられている。これらの勢力は九州の隼人熊襲、沖縄も含めているのだが、九州の勢力はすでにもう途絶えたことになっている。
一方の国津神は基本的には天津神に帰順したことにはなっているものの、水面下では時々やりあっている。

そこにさらに複雑なのが、民族的な勢力は上の三勢力なのだが、宗教的には仏教やキリスト教、イスラム教も入ってきたりしていてさらに新興宗教についてもバックにはイモータルの影があったりする。

いろはも、翼をくださいも、1/2 summerTimepiece Emsemble もバックボーンはそんな世界なのだ(汗

というわけで、埼玉の古墳たちを見て来た。この場所は蝦夷が住んでいたエリアであり、早くから近畿勢力の影響が見られる。
すでに作品に出ているキャラクタでこの時代にも現役だったのは、若先生、そして熾永稲置、またが掲げられる。黒翼含め翼をくださいの天使たちは封印状態にあり、存在はしていたがイモータル性は持ち合わせていない。ただし黒翼は賢者(Magic User)ではあった。
またルイーゼの祖先はまだヨーロッパにいた。彼らが北欧の神々を引き連れて日本に逃れてくるのは 8 世紀に入ってからだ(奈良時代)。

埼玉県立さきたま史跡の博物館

まずは展示物から。もともとこの博物館に行こうと思ったきっかけは『古墳時代の装い-おしゃれな古代人-』という規格があったからだ。もちろん、この博物館自体は前から行きたかった場所ではあるんだけど……なかなか腰が重かった(汗)。実は都内でも行きたい郷土資料館とかもけっこうあるのよね。

というわけで、まぁ写真はこんな感じ。説明も読めるように今回は QXGA(2048×1536) だけでなく HXGA(4096×3072) の画像も用意した。

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埼玉古墳群の古墳達

そして野外に出るわけだが……この日は曇り時々雨で光が圧倒的に足りなかった__orz
なので写真はボロボロだ。補正してこの有様。やっぱり外ロケは晴れの日じゃないとダメだなぁ。まぁ iPhone のカメラだからってのもあるのかもしれない。フルサイズの一眼とか持ってたら違ったのかなぁ?

とりあえず解りやすい解説サイトが用意されていたので、詳細はそちらが詳しい。
写真は全部の古墳を撮ってはいない。というのも古墳の形はまぁなんだ、ゲームではそこまで細かいディテールは求められないし(汗)、どちらかというと重要なのは石室の中とか副葬品なので。

一、二枚目は稲荷山古墳で、三枚目以降が将軍山古墳だ。将軍山古墳は内部についても詳細に展示物が用意されていた。

 

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下の写真は歩いてたらあったので思わず撮ってしまったお地蔵様。場所はこの辺

浅間塚古墳

こちらは神社になっている古墳。浅間塚古墳というらしく、↑の博物館の公式マップには載っていない。古墳のテッペンに前玉神社がある。前玉と書いて「さきたま」と読む。弘前と同じ読み方だ。前玉という埼玉の書き方は初めて見たかもしれない。この古墳の解説は案内板に詳しい。ただ、拝殿を撮ろうとしたら……なんか儀をやっていた。うーむ、タイミングが悪いなぁ。結局奥の方とか本殿とか撮れなかった(本殿があったのかもわからないが)。秋保神社の時もちょうどなんかやってて中が撮れなかったのよねぇ……。

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さて、埼玉県立さきたま史跡の博物館周辺はこでおしまい。とりあえずお昼ご飯を食べる事にする。
ブラウザのブックマークに行田のメシ屋なんて登録されているかなぁって思ったら普通にあったw 恐るべし、ボクのブックマーク。
というわけで行ったのは『加賀屋食堂』という定食屋。14 時頃入ったんだけど凄い人だった。ほぼ満席。人気店なんだなぁ。
まぁボクのブラウザのブックマークに入っているってコトは、有名な店ってことになるので人気店なのは当然か。

なんかメニューがいろいろおかずが選べるようになってて楽しい。とりあえず牛焼肉とハムカツとからあげを頼んでみた。
うん、見た目通りの美味しさ。期待を裏切らない味付け。特に何が美味しいとかは覚えてないんだけど(汗)、どれもバクバク食べられた。

八幡山古墳と防人藤原部等母麿遺跡

今度は博物館から少し北にある古墳『八幡山古墳』へ。もろ住宅街の中にある(汗)。
ここはなんと、石室の中が見られるのだ。
元の古墳の姿がどうだったのかは解らないが、石室そのものがむき出しになっている。

で、この古墳なのだが、よく分からないが『防人藤原部等母麿遺跡』も一緒にある。なんかこの辺の人だったのではないか、ということかな?

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地蔵塚古墳

で、最後がこれまた住宅街の中にあると言うか、アパートも前にある古墳、地蔵塚古墳
こちらは先の八幡山古墳よりもさらにコンパクト。これぐらいの墓ならちょっとしたお金持ちが作ってもおかしくないかも的な。こちらは中は残念ながら閉ざされていたが、古墳の上に洞があってそちらは撮影できた。

アパートの人がちょうど出てきたので、思わず挨拶してしまったw
っていうのと、駐車場がないのでアパートの前にもろに車を駐める形になってしまい、何か言われるかなと思ったんだけど、古墳を訪ねてくるのは珍しい事ではないらしく、アパートの住人も「ああ、はいはい」みたいな反応だった。

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これで古墳巡りは終わりである。今回の場所は基本、開発が進んでいる場所であり、住宅地であるため、当時の人達の風景を想像するのは少し難しかった。それでもおそらく古墳に登れば関東平野が見渡せ、しかもほとんどが湿地だった事を考えるとなかなか感慨深いものがある。そう、たとえ昔と変わってしまっていても、現地に立ってみると言うことはそれなりに重要だ。

大和王権に帰順した関東の人達は、劇的に生活が変化した事だろう。社会基盤が整理され農耕色がより強くなり、土地への定着性も増し、それと同時に階級や貧富の差なんかも生まれたかも知れない。つまり今の社会に近くなったともいえる。その代わりに分業が進み、様々な分野の専門化が起き、集団としてはより効率的にそして盤石なものになっていったと推測している。


さて、晩ご飯の話。
前々から目を付けていたレストランがあったのだ。それは三県境の近くにすむ知人のところに行くときは、佐野の方まで足を伸ばす事がおおかったのだが、そのときに見つけたレストランで、なんていうんだろうね、チェーン店じゃない個人経営のファミレスみたいな感じ?

名前を『ジャックと豆の木亭』。

なんか入ったらおばさんから怪訝そうな顔で見られる。えー……。あと薄暗い。電気代節約か?
客層は基本的に常連客のように見えた。だから怪訝そうな顔で見られたのかも?
で、味は、フツー<ヲイ
でもハンバーグの肉汁はかなり多く、イイ感じ。デザートのパフェはなんか昭和チック。
面白い店でした。

最後に、おみやげ。
行田名物と言えばゼリーフライ。端的に言えば味付コロッケである(ぉ
古墳の周囲を歩いていたらゼリーフライと書かれた幟が立っているお店があったので、思わずそこで購入してしまったのだ。噂には聞いていたが、まさか今日、お目にかかる事が出来るとは。

お店の名前は『くん平』。

頂いた時はできたてだったのだが……まだ取材中だった事もあり、食べたのは家に帰ってから(汗)。

最後に今日巡った場所のだいたいの位置関係を地図で示す。