今年は蟻が出なかった

さて、8 月である。
7 月が終わった。
と言うわけで、そろそろ出していいんじゃなかろうか?
何を出すかって? それは、

蟻撲滅作戦の終了宣言である。

我が家は毎年 7 月になると、蟻に占拠されるのだ。これは結婚飛行と呼ばれるもので、要するに新しい女王蟻が生まれ、雄と共に新しい巣を作るために飛び立つ蟻にとっては重要な儀式である。このため、我が家の一階は一週間ほど、蟻に占拠されてしまうのだ。
壁という壁が蟻だらけになるのである(去年の記事)。

しかし今年は、うちに一匹の蟻を見ないまま、8 月を迎えた。
おそらく、我が家の下にある蟻の巣は全滅したのではないかと予想される。

実は今年は、去年の記事の書き込みに勧められた「アリメツ」というものを導入したのである。
たしか 5 月頃だったか……。
果たしてその威力があったのかどうかは、解らなかった。ただ数匹の蟻がこのアリメツから蜜を持って帰って行っているなというのは目撃した。ちなみにその時調べたのだが、蟻はあの大顎で獲物を運ぶだけでなく、液体も運ぶことが出来るのだ(素嚢と言うらしい)。

そして 8 月である。家の中で蟻をそもそも見ていない。
と言うわけでアリメツを教えてくださった Quiche さん、ありがとうございました。

トナラーの話と大勝軒

以前、「ボクの隣に車を停めるのは、何故?」という記事を書いた。
相変わらず店から遠くて空いている場所に車を停めて、店から戻ってくると、隣りに車が停めてあるという現象に遭っている。他にも空いていて、停めやすいところがあるというのにである。

ファンか? ストーカーか?<自意識過剰

というわけではなくて、単純に「運転が下手だから」らしい。駐車場に引いてあるラインよりも、隣りに車があった方が停めやすいとのことだ。ちなみにボクはラインを見る。なのでラインがヒモだったりすると非常に入れにくい(汗)。
そもそも停まっている車を基準にしてしまうと、その車がちゃんと駐車スペースの真ん中に停めてあれば問題ないが、斜めに停めていたり、はみ出して停めていたり、左右どちらかに寄って停めていた場合、自分も駐車スペースの真ん中に停められないではないか。

じゃぁボクが車庫入れがうまいのかというと、実はそうでもない(笑)。
というのもボクが乗っているエスティマ(GSR50W)という車は、バックミラーで見えるボディのラインと駐車場の白線を平行にしたのでは、駐車スペースに対して真っ直ぐにならないからだ(笑)。前に乗っていたアコード Euro R(CL1) はバックミラーに映るボディのラインと駐車場の白線を平行にすれば真っ直ぐに車を停めることができた。しかし当たり前の話なのだが、ミラーに映っている景色は遠近法が適用されるわけで、エスティマの場合、車の後ろに行くにしたがってボディと白線の間が狭くなっていくように停めないと、真っ直ぐにならないのである。この感覚が未だにボクは掴めず、エスティマを真っ直ぐ停められないwww

で、今回、なんでわざわざこの駐車場の問題を取り上げたかというと、まず「トナラー」っていう言い方があったということに驚いた(つまり専門用語ができるほどに頻発する行為である)こと、もう一つ、運転のうまい下手に限らず、ガラガラの駐車場にポツンと一台だけ車が停まっていたら、その近くに駐めたくなるという人間心理の部分を知ったからだ。
確かに一人でいるより、誰かのそばにいた方が安全というかなんというか、そういう心理があるのは確かで、どこに停めようかと決めかねていたときに、しかもその駐車場がガラガラの時、やはり誰かの近くに停めておきたいという心理が働くのは解らんでもない。一台だけポツンとあったらそれだけで車上荒らしのターゲットになるかも知れないしね。

まぁそんなこんなで、今後、ボクも車を停めるときにはガラガラのところにただ停めるだけではなく、上記のことを考慮に入れながら、臨機応変に対応して行きたいと思った次第である。

さて、今日のお昼は浅草橋にある『大勝軒』である。とはいえ、あの池袋で有名になった大勝軒とは異なる。Wikipedia にはその記述はないのだが、ボクの知っている知識としては大勝軒というモノは戦前からあり、池袋の大勝軒もその中の一つ。そしてたまたまあのおやっさんが有名になって、大勝軒と言えば池袋のそれを指すようになってしまった、ということのようなのである。
直接おやっさんと関係のない大勝軒は例えば永福町の大勝軒がそうらしい。

で、浅草橋の大勝軒。こちらも池袋のとは無関係で、戦後すぐにはじめたお店だそうな。

味はまったく昭和そのもの。これは褒め言葉として受け取って欲しいのだが、いわゆる「努力しない、町の定食屋」。そうそう、これでいいのよ。同僚が頼んだチャーシュー麺もまさに昔の東京ラーメン。味は濃いめでご飯が進む。なんと言っても見た目からそのまま想像出来る味、期待通りの味。
ただお値段は 800 ~ 1000 円。浅草橋の定食としては、ちょっと高めかもしれない。

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第 23 回ユーオーディア賛美の夕べ

今日はコンサート当日である。朝 8:30 にオペラシティへ。そこで昨日乗せておいたプログラムを車から降ろし、フロントのロビーへ運ぶ。あとは設営とか。終わった後も、楽器の片付けや譜面台、椅子、聖歌隊が立つ舞台をかさ上げするやつ(なんて言うか知らないw)の片付け。
帰りにゴミや余ったプログラムなどを載せて帰った。

実際のコンサートは、今回は A 席だった。竹光ホールは中高音域が濁るのだが、A 席は高音に関しては特にそれはなかったように感じられた。中音はやはりごちゃっと集まってしまった感がある。ちなみに去年は S 席だったらしく、音質については文句はなかったようだw
まぁこんなのは聞く側のコンディションによるだろうから、アテにはできないけどね。

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宗教はバカが信じるもの

ボクが時々ネタ探しの時に眺めているサイトに、なかなか面白い記事があった。

このスレッドを立てた人は、その人の書き込みを信じるなら医者で有り、そしてその所為かどうかは解らないが、しっかりと「現実」と「知識」に基づいた発言をしているように見えた。端的な区別をしてしまうと、無神論者と思われる。

さて、この記事にあった、以下のグラフがボクの興味を引いた。

この図は縦がその国の人口における宗教者の割合(%)、横がその国の平均 IQ をしめし、各宗教の信者がどこに位置しているかを表している。コレを見ると明らかなとおり、頭のいい人ほど宗教を信じていないことが一目瞭然である。
なるほど、これは面白い。

その他、気付いて欲しいことはそのグラフの周囲にいろいろ書かれているので、ここでの説明は省略したい。

このグラフを誰が集計し、どこに載っていたものなのか、ボクはちょっと解らない。「宗教を信じる人はバカだ」という結果を導き出したいがために統計を操作したグラフなのかもしれないが、まぁ、そこは今疑ってもしようがない。

だが、「宗教の多様性やその容認は頭が良くなくては受け入れられない」という事は、高校で世界史を学んだ人なら、解ると思う(ヨーロッパにおいて宗教の自由が認められるまでの道のりのことを指している)。そして上のグラフはその延長線上にあるとボクは思い、そして誰しもが漠然と心の中で思い描いていたことではないかとも思うのだ。
ここでもう一つ言えることは、やはり宗教(というか、神)というものは人間の想像上のものであって、この世界に存在しないのではないか、ということであろう。
なかなか宗教者にとっては厳しい現実を突きつけられたと言えると思う。

ただ IQ というものは、頭の良さを測るためのある一つの角度で有り、全てを網羅しているのかというとそう言うワケではないという声もある。IQ テストは訓練すれば上がるという話もある。ただ、それにしても頭の良さを測る指標の一つには変わりはないので、ご託を並べたところであまり意味はないだろう。

では IQ さえ高ければ良いのかというと、そう言うワケではない。日本ではわりと意見の割れる、いわゆる「倫理」の部分はまだ IQ では測れないことが解っている。しかしながらこの倫理というものは環境によっても変わるため、なかなか数値化しにくい。ところが、宗教はこの倫理の指針を示していることが多い。
実際、IQ が高かったとしても、その頭で納得のいく罪の犯し方が説明できれば、それを実行してしまうからである。解りやすい例としては、歴史家や資本家が「戦争も経済活動の一つだ」と言い切って、損得だけで戦争に踏み切る(歴史家なら戦争をそのように評価する)ことだろうか。また、資産家などの金持ちが自分の理論において殺人を犯すことも少なくない。たとえば第二次世界大戦のドイツのユダヤ人虐殺などは、そのような理論の元、行われた可能性が高い。ナチス ドイツの高官たちの IQ は非常に高かったことが解っている。
つまり IQ が高いからといって、抽象的な「人間性」とか「愛」とか「良心」などといった部分まで高いとは限らないのである。

もっとも、宗教もまた、神の名の下に犯罪(テロ)を犯すこともあるわけだが、あちらはちょっと事情が異なる。あちらも知恵と知識を使って宗教をうまく利用して犯罪を犯させている(犯している)のであって、宗教そのもののせいではないと思う。

とは言え、倫理がどうとか愛がなんだとか言っても、世の人たちはそういった抽象的なものよりも IQ という数字を信頼してしまうだろう。

そんなわけで、なかなか興味深いスレッドであった。
ついでにコーランを理解する一つの見方としても、今回のスレッドは面白いと思う。
今後、科学が発達して行くにつれ宗教は滅びていくのか、それとも科学によって新たな再発見があるのか、それは解らないが、今後も様々なことがボクらの目の前に露わになっていくだろう。

セミ

些末な出来事ではあるが、今日、自宅でセミの声を聞いた。ついに夏が来た、という感じだ。なぜだか、嬉しい。何故だろうか?
意外だったのがアブラゼミではなく、ミンミンゼミであった。
ところで、今夏、初めてセミを聞いたのは、7/5 の四尾連湖に行ったときだ。
自宅から中央自動車道調布インターに向かって走っているとき、深大寺付近でセミの声を聞いた。

さて、いよいよ夏本番である。楽しい夏にしたい。そうだ、クマゼミの声も今年こそは録りたい

今頃になって気付かされたこと

シナリオライターという職業は、文章力もさることながら、想像力や観察力、発想力、機転なども求められる。目の前で起きたこと、聞いたことなんかでも、その情報の中から様々なことを見つけたり、気付いたりするのはとても重要な能力である。

で、ラジオを聞いていて、なんで今まで気付かなかったんだろうということを二つほど(笑)。

まずは、『さるかに合戦』。まぁツイートの通りなんだけど、栗が意志を持って活躍するのに、当の柿はなにをやっているのかと(笑)。言われて気付いた。あぁ、なるほど、と。小さい頃から慣れ親しんでいる話なのに、どうして今まで気付かなかったのか、自分でも恥ずかしいw

ところで柿は蟹に脅迫されながら成長してきた。猿によって親蟹が殺されることは、柿にとっては実は気味のいいことなのか? と、ちょっと思った。

こちらは『お弁当箱の歌』。わらべうたのはずだが、子供の好きそうな料理が何一つ入ってないwww
まぁ時代というものが、要素としては大きいのだろうとは思うが。
ちなみに保育士をしていた母の話によると、登場するおかずは時代によって様々な歌詞が有り、保育士が勝手にアレンジしているとのことだった。なるほど、それなら納得。

まぁこんな感じで、他にも探せばいろいろあると思うが、ボクにとっては目から鱗だったのでわざわざブログの記事にした。自分では常識だと思っているようなことも、よくよく吟味してみると実はとんでもないことだったり、勘違いしていたり、いろいろしていそうである。
今後の自分への戒めとしたい。

 

串竹の唐揚げがうまい

今日はお昼に『串竹』に行った。いつもは普通のロースカツを頼むんだけど、今回はランチのロースカツ(200 円ほど安い)にして、さらに唐揚げを三つつけてもらった。
唐揚げが、ジューシーでぷりっぷりでうまかった。
何もかけなくても行ける(レモンはかけたけど)。

豚カツも塩だけで充分美味しいんだよね~。豚の肉汁にちょっとお塩がとけて……ご飯が進む進む(ぁ

今回はほとんど塩だけでいただいてしまった。

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どうでもいい話。女の人に卑猥な言葉を言わせて恥ずかしがらせるのが好きな男ってけっこういるけど、女の人は男にそういう卑猥な言葉を言われても特に嬉しくない印象があるが、どうだろう。
M な人とかは、罵ってもらったりするのは好きみたいだけど……実際にそういう女性に会ったことはないので、よく解らない。ただ、殴って欲しいっていう人には会ったことがあるw あれは引くwww だいたい力加減わからんし、どこ殴ればいいのかも解らん。
恋人同士になれば、そのへん解るのかな……。
あぁ、話がずれた。
まぁ、話としてはそれだけなんだけどさ。女性が性的に興奮する下ネタってなんだろうね、とふと思った。