ハンドルネームとか独裁者とか猛禽類とか

Twitter から拾ってきたネタ、色々。

ボクはエゴサをしているわけだけど、最近、その検索語と同じユーザ名の人がチラホラ現れるようになった。まぁ 1/2 summer の略である『ワンサマ』は他にもかぶりそうな名前なので仕方がないのだが、『テトメト』って人もいる(しかもこの人は、後にプロ小説家としてデビューしてしまったっぽい)。
テトメトは偶然の一致、あり得るのかなぁと思いつつ、まぁ別にいいです。テトメトが今後世間に出ることもあまりなさそうだし、それならその小説家に有名になってもらっても一向に構わないのだが、ボクが『テトメト』という名前を使ったときに、その人からクレーム来たらヤだなww

あとはヒロインの名前のユーザ名の人もいる。これらの人たちは別にボクの作った作品についてツイートするわけではないので除外したいのだが、なかなか難しい。ユーザ名ではじくのが一番かなぁ。なんか Mute しても検索だと出てきちゃうよねぇ?

ま、ツイートの通り。トランプ大統領が生まれたのも、この要素が少なからず影響しているだろう。
また、「オカルトがなくならない」でも書いたように、ヒーローや神を求めてしまうというのにも通じると思う。そして貧しい人ほど冷静に理性的に判断すると言うことができないのだろう。なにせ毎日の生活だけで精一杯なのだから。

面白い説。日本でも数分目を離した隙に我が子がいなくなったという未解決事件は起きており、それの犯人は(人じゃないけどw)、猛禽類ではないかって訳だ。あくまでもボクの感覚的な話ではあるが、乳幼児なら連れて行けそうだが、果たして日本に住んでいる猛禽類が幼児や児童を持ち上げられるだけの力があるんだろうか? ちなみにちょっと検索したら猛禽類の最大ペイロードは 35Kg という記録があるらしい。35Kg を持ち上げられるなら、児童も連れていくことは可能だ。彼らの握力は人間の 6 ~ 7 倍と言われているので、240 ~ 280Kg にもなる。
まぁでもせいぜい 4Kg くらいだと思うんだけどねぇ。あと猛禽類が餌として連れ去った場合、遺体が比較的すぐ見つかりそうなもんだけど。

深夜でも定食が食べられる、長浜食堂

洗車をしなければ、と思っていたのだが、同僚と一緒に帰ることになってしまった。同僚の出向先が新宿近辺なのでまずは新宿に寄る(普段の帰り方だと、新宿は通らない)。そこから洗車場となると、東中野の東京 AUTO 洗車かなぁということで、東中野へ。
そこで車を預けてご飯を食べようと言うことに。
その時は『牛バラ野菜焼き』の割引券を持っていたので、吉野家で食べようということで、東中野の洗車場から中野駅へと歩いた。
そこで、牛バラ野菜焼きを食べる。悪くない。けど、もうちょっと野菜に味が沁みてて欲しかったなぁ……などと思い、店を後にする。
で、洗車場に戻っている途中で『長浜食堂』という店を発見する。
ラーメンもイイネ! なんて会話が盛り上がり、そのまま店に入る<バカー

これが、あたりの店だった。
まずラーメン屋なのにテーブル席がたくさんあり、ゆっくりくつろげる。
さらに中華系のメニューが豊富。いわゆる酢豚とか青椒肉絲とかレバニラ炒めとかの類ね。メニューがラーメンだけじゃないのだ。さらにセットも安い。営業時間は 26 時まで。夜中、定食が食べられ所って少ないので非常に貴重なお店だ。

すでに吉野家で一食食っているにもかかわらず、長浜ラーメンの唐揚げセットを頼む。これは長浜ラーメンに唐揚げと白ご飯が付いたセットである。どんだけ食う気なんだ。ちなみに同僚はチャーハン セットを頼んだ。
長浜ラーメンは非常にオーソドックス。とんこつのしつこくない、それでいてコクがしっかり出ているスープ。トンコツ臭はそんなにしなかった。麺は普通の細いストレート麺以外に中太麺があった。

そんなワケで長浜食堂、また来ます!

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下の写真は中野の吉野家に行く途中で出会った飲み屋。中野ブロードウェイの東側の裏道にあった。なんか昭和っぽい感じを演出していたので、思わず写真に撮ってしまった。古民家をそのまま使ったお店だろうか?

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天神

車で東京近郊を走っていると、一見中華料理屋に見えるお店を見ることがある。ぱっと見名前はよく解らなくて、「ラーメン」とか「中華」とか「定食」とかいう言葉が踊る。
店の名前はいくつかあるようで、主に見るのは「満北亭」と「南京亭」と「珍来」である。
どれも看板が似ていて、系列店なのかと一瞬思ってしまう。
で、ボクが良く通る青梅街道にも似たような看板のお店があるなーとずっと思っていた。とは言えこの手の店は初めて入るには誰かと一緒には入りにくい(不味かったら困るので)。
今回たまたま一人で行く機会を得たので、勇気を出して入ってみた。

店の名前は「天神」。
入ると予想通りの店内というかなんというか、昭和の香り。
この手のお店はちょっと衛生的に大丈夫かという気になってしまう。が、そもそもボクはあまりそこは重要視しない(ぁ
こういう店ではメニュー多いのかなって思ってたんだけど、ラーメンの種類は多いんだけど、一品料理はそんなに多くなかった。値段はラーメン一杯が 600 円、定食が 820 円から。定食は高めなイメージ。

味は……まぁー、普通。なんだけど、食べログの点数、妙に高いのよね(2015.02.05 現在、3.53 点)。
いやいや平均以下の昭和の店っていう感じなんだけどなー。26 時までやっているので、夜中に吉野家や松屋に行くくらいなら、ここ来るかもって思った。

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レストラン あすか

月夜野の真沢の湯でひとっ風呂したあと、最後のイベント、夕飯の場所へ。このお店もボクが見付けたわけではなく、同乗者の女性が見付けたお店。検索ではロシア料理でひっかかったらしいのだが、洋食全般を扱ってるらしい。名前は「レストラン あすか」。
しかしラストオーダーが 20:30! 慌てて、店に向かう。
同じ月夜野だったこともあり、10 数分で到着、何とか間に合った。
頼んだ料理はボンゴレにドリアにハンバーグ。
そして、この店当たりです!

めちゃめちゃ美味い!!

まずしょっぱくない(塩で味加減していない)。まぁ、だいたいボクが美味しいと言うところは、まずしょっぱくない(関西ではしょっぱいことを辛いという)。そして素材の味がちゃんとしていること、それが楽しめること。
ちゃんと手間かけて作ってますよ、このレストランは。
食べログの店数が、3.6 とか 3.7 とか行ってもイイお店だと思う。
難点は……東京から遠いなぁ(汗
でも月夜野 I.C. からすぐなんだよね。この店はまた来たい!!

と言うわけで、水上沼田の方に行った人は、ぜひ寄ってみて!

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中島屋

お昼前に四万温泉に着いた我々は、まずはお風呂をいくつかハシゴ。そしてお昼ご飯となった。
群馬といえば、っていうか田舎は蕎麦だろという偏見の元、蕎麦屋を探す。ちなみに田舎だと蕎麦という感覚は、おそらく関東人しか持ち合わせていないような気がするんだけど。何せ、東北や関東は土地がやせているから蕎麦しか育たない。
西日本はそんなことないからなぁ……。

で、中島屋という蕎麦屋さんへ。

蕎麦の種類が豊富。しかも、色んな味が一度に楽しめるメニューになっているのも面白い。もちろん鴨南ソバとか天麩羅ソバとかあるんだけど、小さな器にそれぞれ小分けして出してくれるものもある。出雲の割子ソバの亜流だろうか(ぁ
もっともこの店では、お重で蕎麦を提供しており、一つのお重が 0.5 人前。1 人前だとお重二つ、大盛りだとお重三つという具合らしい。

残念ながら時間が経ちすぎて、ここでの出汁の味を忘れてしまった。

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うな鐵(浅草の鰻屋さん

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プロジェクトでお世話になっている原画家さんの接待ということで、鰻屋さんに連れて行ってもらった。鰻屋というよりは、どちらかというとひつまぶし屋と言った方がいいのかも知れないが。名前は「うな鐵」(食べログ)。
ボクは知らなかったのだが、鰻に「塩」って食べ方があるのね。あのとろみのあるタレで食べる方法しか知らなかったよ。
で、なんといっても塩が美味しいと思ったのは、茶漬けの時。ひつまぶしはまず普通に食べてそのあとお茶漬けにするという食べ方があるのだが、塩のひつまぶしをお茶漬けにすると最高にうまい。さらにその場でわさびをおろして、辛みを加減しながら食べる。いままでひつまぶしって「面倒くさい食べ物(お茶漬けにしなくてもいいよね、的な)」という印象があったんだけど、塩を知って考えが改まった。

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おてもと

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おひつの蓋

湯飲み
湯飲み

ひつまぶしセット
ひつまぶしセット

タレ
タレ(二人前)

塩(二人前)
塩(二人前)

鰻のにこごり
鰻のにこごり

蒲焼き
蒲焼き

タレ
タレ

父が亡くなった

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父が亡くなった。食道癌だった。
今年の 3 月頃、食道癌だと報告を受けたとき、ステージ 4 と言われたものの、1 年くらい癌と付き合うことになるのかななんて思っていた。相変わらず仕事が忙しかったので、ほとんど会いに行かなかったのだが 6 月に入ってようやくことの重さを理解した。やせ細り、声もほとんど出せないくらいだった。ステージ 4 で治療不可とはいえ、こうも早く衰えるものかと……。

食道癌は自覚症状がないため、だいたい転移した先の自覚症状で見つかる。ので、見つかった段階でステージ 4 であることが多いらしい。
癌の原因はアセトアルデヒドで、お酒である。
父方の家系は酒には決して強くなく、すぐに赤くなる体質で、これはアセトアルデヒドの分解速度が遅い場合が多い。そうするとアセトアルデヒドは身体中を巡るが、特に食道は酵素も働かず、アセトアルデヒドが蓄積しやすいため、細胞が癌化しやすいというのが食道癌の大まかな仕組みである。
ただし肝臓や肺と異なり、血液が頻繁に通る場所ではないため、転移は比較的遅い。しかしリンパ節が近いので、まずリンパ節に転移するらしい。リンパ節を通るリンパ液は身体中を巡るので、結局ここで身体中に転移してしまう。
もう一つ問題があり、父は潰瘍性大腸炎も煩っていた。こちらが原因で満足に癌の治療が出来なかったというのもある。

振り返れば、ステージ 4 に抗がん剤を打つ必要があったのかとか、潰瘍性大腸炎と癌の治療をうまく切り離して、順序立てて治療できなかったのかとか思う所はあるが、この辺りはその時の医者の判断が運命を左右するということを改めて思い知らされた。自分自身、医学の知識はつたないため、自分の判断がかえって父の容態を悪化させるのではないかという引け目もあった。
そういえば知人が薬の処方が違ったばっかりに腎臓をダメにし、人工透析が必要となる身体になってしまったことも思い出した。「たら」「れば」を今頃言っても仕方がないことではあるが、やはりどうしても悔いが残ってしまっている。

7 月からは毎週、父の元へ通い、8 月は病院⇔会社、コミケ会場⇔病院をせわしなく行き来したが、11 日の日曜日に意識がなくなり、13 日の朝 8 時に心肺停止となった。緩和ケアの病院に移ったのが 8/7 だったのだが、それからわずか 1 週間足らずで逝ってしまった。父は前の病院を非常に嫌っており、本人たっての希望での緩和ケア病院への移動だった。
思うに、病院が希望の病院に変わって、安心したのかなという気もしている。ホッとして、そこで癌と闘う気も落ち着いてしまったのかな、とも。

個人的に不思議だったのは、なくなった父の亡骸を見ても涙は出なかったのだが、父が亡くなったことを色んな人に報告しなければ行けなかったのだけれど、そのメールを書いている時はぼろぼろと涙が出て止まらなかった。心残りは、やはり親孝行がままならなかったことである。ボク自身はゲーム業界に身を投じ、ずっと自分のためだけに生きてきた。結婚もせず、子も作らず、ひたすら自分だけの道を歩んできた。育ててくれた親を振り返ることもあまり出来なかった。
悔やんでも仕方がないことだが、私自身、油断していたことも事実で有り、やはりどうしても心残りである。

ただ父が不幸せだったかというとそういうことはなく、思い切り自分の生き方を貫き通したと思う。そこには罪はたくさんあるのだが、それも含めての人生であろう。と、父本人でないボクが何を言っても、なんの意味はないのだが……。
もう一つ気がかりなのは、父は 64 でなくなった。
実は母方は元気で、祖父も祖母も 96 、94 で未だに元気で過ごしている。
とはいえ、自分は無理な生活をずっと続けてきた。自分も父のように短いのかもしれないと、切実に感じた。長くてあと 20 年か。そう思うと、今までみたいに自分についてのんびりする時間はそうない。1 年に 1 本つくれても、20 本しか作れない。振り返れば、自分の作品はこの 16 年でまだ 3 本しか出ていない。このままだとあと 3 本しか出せないことになる(笑)。
親孝行できなかった分、父に「これが、父を蔑ろにしてまで作ってきたものです」って持って行けるだけ作るってのも有りなのかなと思いつつ、やはり何を書いても自分のエゴからは抜け出せないなぁと。何を思おうが、何を感じようが、それはどこまでもボク自身でしかないのだなぁ。