パンとご飯はどちらが健康的か?

言いたいことは上のツイートがすべてなのだが、それだと日記にならないので、以下、うだうだととりとめもなく書いていく。

ボクは米食が圧倒的に多く、パンを食べる事はあまりない。
なので日本でご飯離れが進んでいることに、あまり実感をもっていない。ただ、お昼時のコンビニでは先にサンドウィッチからなくなるという現象はよく目にしており、「あぁパン食が進んでいるんだなぁ」などと思ったりすることはあった。

現在のボクの平日の食生活は、朝がサラダ+スープ系(お味噌汁やお吸い物)で済ませ、昼は普通に外食、夜は食べない。朝はご飯もパンも食べないのだが、玄米を食べることはある。そして昼はご飯モノ(定食や丼物など)が多く、次にラーメンであり、パンを食することはほとんどない。
外食でパンを食べることがあるとすると、圧倒的にハンバーガーであろう。

ただボクの周りには「朝はパンだ」とか「パンは楽」という人はけっこういて、毎日の食事の中にパンが組み込まれている人はいる。パンが楽なのは解るけど、電子レンジがある今、ご飯も楽だけどなぁと思う(小分けに冷凍しておく)。

でね? どっちが健康にいいんだろうって考えたときの、ふと上のツイートに繋がったのだ。
パンはどうしても完成品を買うことが多い。もちろん GOPAN なんて言う素晴らしい家電があるので、材料から選ぶことは出来るけど、だいたいは焼き上がったパンをスーパーやパン屋で買うだろう。となると、中で使われている材料はそのパン屋やパンを作っている工場に依存してしまう。
とくに最近のパンは凄くいろんなものが入っている。ショートニングに、マーガリン(やバター)、塩、砂糖などなどだ。
それに較べると、ご飯は米と水だけである。どちらが健康にいいか、という判断はボクには難しいが、どちらが健康管理しやすいかというと、ご飯が圧倒的だということに気付いたのだ。

もちろん、これはご飯を自分で炊く場合の話だ。コンビニのおにぎりや、サトーのご飯のようなものの場合、その限りではないというかリスクは食パンとまったく同じだ。コンビニのご飯は、ツヤを出すためにサラダ油が使われていたりする。

そんなわけで、ボクのご飯離れはまだ起きそうにない。

あっさりしたもんだ

bs_zuho01a
朝、父の家に行って、遺体を小手指のメモリアル・ホールへ。そこで納棺。花をたくさん入れた。そして、午後に飯能の火葬場で火葬。火葬には 1 時間 30 分ほど。あっけなく、父は真っ白な骨だけとなってしまった。お骨は一部だけなのかとおもったら全身を骨壺に入れていて驚いた。ボクの経験では全身入れたのは初めてだ。
あとで周囲に聞いたら、全身入れることはそんなに珍しいことではないとのこと。
関東と関西で違うのかな?

なんだかんだで、15 時頃には遺影とお骨がもとの家に戻ってきた。
あっさりしたもんだなぁ、と感じた。
人の死はもっとねちっこくて、長くて、そして不可侵なんてことを思っていたが、実際に肉親として関わってみると、あっさりしたものだった。愛媛の叔父はこのような葬儀のやり方に大変ご立腹であったが、ボクはこれぐらいがちょうど良いと思った。葬式をあげることなど残った者のためにやるようなものであり、死んだ人間には何の意味もない。
ただ納棺し、ただ焼き、そして墓に納めるなりなんなりすればよいのである。もし本当に魂とやらがあるのなら、とっくにその遺体にはないのだから。

ただ、墓は好きだ。父の墓は建てようと思う。そこにその人がいたことの証拠として。
その身は滅びようとも、かつてその人はいたのだから。
1308150736