男女差

ボクがよく見てる『探偵ナイトスクープ』。もう上のリンクは見られないと思うんだけど、母の年齢が父よりも年上だと言うと泣いてしまう男の子が出てきた。彼としてはお父さんというものはお母さんよりも年上でなければならない、と言うのだ。
そうでなければ夫婦ではない、と。

なかなか興味深いなと思った。その価値観はどうやって身についたんだろう?

なぜ男の方が年上でなければならないのか? 深く分析すると、男女差別につながるような気もするんだよね。でも両親がそのように育てたわけでもないようだし、学校やクラスメイトからそう言われたんだろうか?

もし、この価値観が自然発生的に現れたんだとしたら、男性は女性よりも年長者であり、女性をリードする存在でなければならないというのが生物的に正しいことなのかも知れない。とはいえ、その説明にはボクの偏見が入っている。年上だからといってリードする必要も無ければ、偉いはずもないが、ボクの中で年長者は先輩であり、より上位に位置すると思っているからだ(儒教思想?)。はたしてこの少年はどうだろうか?
推測でしかないが、たぶん同じ思いがあるんだと思う。だからお父さんの方がお母さんより年上でなければならないのだ。

何が言いたいか?
人間は子どもと言えども自然と偏見を作り出してしまうものだ。そして、その意味するところは、今回の場合、男と女は違うということだ。これは平等でもないことでもあると思う。そして優劣というものもあろう。男が優れていることもあれば、女性が優れていることもある。男に子どもは産めないし、筋肉の付き方も違う。その違いをそれぞれが受け入れていったんでいいんじゃないかな。同じことをさせる必要は無いと思う。

ボクが気になっているのは、職場での仕事の姿勢だ。ここにもっと女性の価値観を取り入れてイイと思うんだよね。まぁそれがどういうものなのかボクに男なので実感としては解ってないんだけど、多くの食なは男の価値観で作られている気がするのよね。そして勝ち組の女性って言うかさ、うまく言えないんだけど職場には女性差別があるとか声高に叫んでたり、女性だってやれば上に行けるって叫んでる女性たちって、男の仕事のやり方で成功した人ばかりに見えるんだよね(男に勝つことが正義、みたいな?)。

まぁそれはとても凄いことだし、能力も凄く高いと思うんだけど、そうじゃなくて女性の価値観で成功する人がもっと出てもいいんじゃないかって、そんな。でもそうなっていくのは難しいとも感じている。商習慣とかすげー重視するじゃん? あと女が出しゃばるんじゃない的な空気とかさ。そういうのが変わって行くとイイよね。

「あの子カワイイ」と「あいつキモい」は同じ

電車通勤になって、なんとなく他の乗客を観察するようになってしまった。
まぁ、電車内って基本的に暇だから、ついつい色んなことを観察してしまう。それは人に限らず、風景とか駅の様子とかも含まれる。ボクに入力されてくる情報全てが観察対象と言えるだろう。
ただ観察している時はあそこがこーなってるとかあそこがあーなってるとか思うものの、それを憶えているわけではないので、電車から降りたらきれいさっぱり忘れている(汗)。

で、まぁ、人なんかも何となく見てるんだけど、やっぱりどうしても容姿というものには引きづられてしまう。それこそ下世話な話だが、カワイイとかオッパイ大きいとか足細いなとかムチムチしてるなとか、そんなことも思ってしまうわけだ。
そしてやっぱり容姿のいい人ってのは男女関わらず、目にはいいものだなぁと思ってしまう自分がいる。

容姿というのはとても解りやすい才能だ。
野球の天才とか数学の天才とか言うけれど、容姿も同じことだ。
だからボクは容姿を褒めることは別に後ろめたさはないし、素晴らしいと思うし、それこそ神様からいただいた賜物だと思う。

とはいえ、ボクみたいな汚いオッサンからそういう目で見られるのは、女性としては本望ではあるまい。その端麗な容姿は甲斐性のある男に見初められてこそ本懐というものであろう。だがここでふと気づいたのだ、たとえばボクを見た女性が「気持ち悪いおっさん」だと思ったとしよう。それはボクが「いい女だな」と思っていることと同じことなのだと。

つまりこうだ、「キモいオッサンからヤらしい目で見られるのがイヤだ」に対して、「女からキモいオッサンと決めつけられるのはイヤだ」というわけである。コレはさらに裏返せば、つまり視姦してもよいと言うことなのである<ただの飛躍

お後がよろしいようで<いや全然よくない

アメリカンドラマをなんとなく見る

知人からプリズン ブレイクというドラマが面白いよと勧められたので、仕事とかしている時、後ろでずーっとかけっぱなしにしてた。集中して見ているわけではないので、ちゃんと話を理解しているか自信はないのだが、確かに面白い。
もうすぐこれで突破口が開けるじゃん、ってところでいろいろ邪魔が入ったり、引かざるを得なかったり、そのさじ加減がうまいというか絶妙というか。みんなでがんばって脚本練ったんだなぁっていうのが凄く解る作品に仕上がっている。
一人のアイデアでは作れないと思う。

が、まー、さすがにそれが 50 話以上となると、限界がくるんだw

そもそも刑務所から脱出する話に、そんなに盛れないって!
主人公以外の色んな囚人のバックボーンをいろいろ設定することによって、それをなんとかしてるんだけど、見る方も憶えるのに限界あるし、要素を分解していくと結局同じことの繰り返しだし……というわけで、シーズン 2 の中盤ですでにおなかいっぱい。もういいよ、となってしまった。

しかし CIA や FBI などの組織は、本国アメリカでも便利に使われるのねww
シナリオ上のつじつま合わせとか、そういうなんでも知ってる組織がいるんです的なのは、ぜんぶそれらに丸投げ。まぁ同じライターとして気持ちはわかるけどwww

でね、24 ってドラマも一時期日本でも流行ったじゃない? あれも面白いのかなーと思って、口直し的に見始めてみたんだけど、こっちも仕掛けが似たような感じで……もちろん 24 の方が古いから 24 の方がオリジナルといえるんだろうけど……こっちは 3 話でもういいやってなってしまった。
謎とか仕掛けとかその先が知りたいという気持ちよりも、ただもどかしいだけに感じてしまった。こうなってしまうともう先を見る気なんてサッパリ起きず……結局見なくなってしまった。

でも 24 もすげーシーズン続いたじゃん? みんなよく飽きないなぁ。いや、辛抱強く見れば実はもっと凄い仕掛けとかどんでん返しとかあるんだろうけど、ただのじらしプレイだよ、ムリムリ。

話変わって、spam メールは相変わらず多い(らしい)んだけど、まぁほとんど spam フィルタではじかれててボクが目にすることはない。ただ、時々、どんな感じかなーと spam メールが隔離されているフォルダを覗くことがあるんだけど、最近、サイトに出されるメールで spam が増えていることに気づいた。

サイトに出されるメールってのはお問い合わせとかね。ここって自分で入力しないといけないようになってるから、ボットでは出せないし、spam が来ることなんてほとんどなかったんだけど(営業メールは来る)。
WordPress のフォームなら出せちゃうボットとか開発されたのかなぁ?

ポリコレ問題

旅の途中ですが、その旅行中に見つけてしまった記事についてちょっと書こうと思う。
なんだか世の中が息苦しい。おかしい、こんなはずではなかった。
なんの話かというと、ポリコレ問題である。ポリコレとは何か? いやまぁ、ポリコレ自体はけっして悪いものではない。とても良い傾向の一つだ。問題はそれに粘着する人たちだ。いや、何もそれはポリコレだけではない。

もっと端的に言うと、他人のほんの些細なミスさえも攻撃してくる風潮である。失言やつい出てしまった本音などに、よってたかって群がって袋だたきにする現象のことだ。

おかしい、ボクが予想していた未来というのはこういうものではなかった。モラルが高くなっていくと言うことは、こういうことじゃない。

そりゃね、「いや、あんた、それ差別だよ」とか「その言葉は傷つく人がいるよ」と指摘するくらいはイイと思うのよ。それがもー、人格否定どころか場合によっては暴力にまで発展してしまう。しかも大きな声を上げているのは当事者じゃないことが多い。自分のことでもないのに、何をそんなに怒っているの??? さっぱり解らないよ。

これの根底に、落ち度(罪)のある人は攻撃しても良いというのがあると思う。
悪い奴には何をしてもいいと。正義は我にあると。
どうしてそういうふうに思えるのか……。

あともう一つは人の話を聞いてないwww
ほんと聞いてないww
噂や最初に耳に入ってきた情報だけでたたき始めるwww

他人を叩くってことを何だと思ってるんだ? 叩くからには叩く相手のことをちゃんと調べて、さらに情報源をしっかり吟味して、それでも叩くに値すると判断して叩くべきだ。それくらい他人への攻撃というのは慎重でなければならない。
そりゃね、身内だけの酒を飲み交わしているときに「○○はダメだ」とかは、まぁいいなじゃない? 笑い話で済むしさ。それをよってたかってみんなでやる。ホントにリンチを見ているかのようだ。

結果的にそこで見えているのは、世間のモラル・倫理感の向上とか正義のために叩いているわけじゃなくて、鬱憤晴らすために叩いてるだけっていう。
そしてこのような状況は、自分にも跳ね返ってくることを叩いてる人たちは自覚してるんだろうか? 自分が失言したら、何か問題発言をしたら、今度は自分が集中攻撃を食らい、袋だたきにされ、社会的に再起不能にされてしまうかも知れない。

本当に未来が心配だ……。

オタク文化はエロと暴力ですが何か?

最近はウェブ ブラウザを開くとニュースのヘッドラインが表示される。その中に興味を引いた記事があったので、何となく読んでみた。簡単に言えば萌え絵は露骨なセックスアピールであり気持ち悪いものであると思っている人が、オタクから総攻撃を受けたよっていう記事だ(笑)。

萌え絵を気持ち悪く思う気持ちは理解出来る。
今でこそあまり言われなくなったが、そもそもオタク文化はエロと暴力が発端となっている。そんなもんは GINAX 作品やスタジオ ジブリ作品を見れば一目瞭然であるし、20 世紀はわりと普通にそう認識されていたと思う。
が、21 世紀になってそういうことはとんと言われなくなった。

さて、萌え絵である。女の子をオタクの男性が見て可愛く見えるように最大限に振ったものである。従って気持ち悪いと思われても仕方がないし、実際、露骨なセックスアピールをしている絵は多い。
なので、別に気持ち悪いと思った人は気持ち悪いと発言していいし、されても仕方ないものだと思うよ(笑)。そしてオタクの人たちも、萌え絵を見て不快感を示す人もいるということは頭の片隅に入れておいた方がいいとは思う。極端なことを言ってしまえば、萌え絵をわいせつ物と見られている、ということだからねw

ただ、性に関してはボクはもっとおおらかでイイと思っていて、その気持ち悪いと思う人たちには、まぁそう目くじら立てなさんな、目の保養、目の保養くらいに思ってもらえるとありがたいなぁとか思っているが今や海外ではちょっとし失言でも大変なことになっているので、もしかしたらボクの考えは世界の常識とはかけ離れているのかも知れない。

さて上記には「性の問題」と「ポリコレ問題」の二つが実は含まれているのだが、それについてはまた別の機会に。

ところで話変わって、ネットとかで時々「ヨハネ」という名前の女性キャラを見かけるようになった。何の作品か解らないのだが……なぜこんな名前をつけたんだと、最初見たとき吹き出してしまったwwwww

イラストとかの綴りでは YOHANE ってなってるのが多いので、世界一般でいうところの「ヨハネ」とは違うようだ。世界で言うところのヨハネはヘブライ語である。そしてこれは英語だと単純に「ジョン(John)」だ(笑い。名前によく使われるジョン。しかも男名。
ボクは聖書を知っているので、ヨハネっていわれるとオッサンの顔しか思い浮かばないwww

なので吹き出してしまったのだ。この娘がどんなに可愛くても、この娘でオナニー出来ないwww<そこかよ!
名付ける方ももうちょっと調べて欲しかった……。

思想を歴史に頼った右翼のアイデンティティは成立するのか?

政治ネタ。まぁ、日記は上の記事についてではない。
ボクなりの右翼がするべきことにちょっと触れてみたいと思った。
今の右翼はわりとアメリカに迎合している者が多い。なんでかは解らないが、自分たちが存続する上でも楽だからだろう。安倍ちゃんなんかもその部類に入る。もしくはアメリカから何か担保されている可能性も否定出来ない。

右翼の定義も難しい。日本の場合ただの保守というだけでなく、天皇制も絡んでくる。

ところで今の天皇制を生んだ明治政府、引いては薩摩長州の政治ポリシーはどんなものであったのだろうか? ボクのツイートでは「右翼は天皇の言うことを聞かない」と表現したが、薩長から言わせれば、彼らが天皇を復帰させたのであって(しかもあまり支配欲のない皇族を選んだとされている)、そういう立場からすると天皇の方が言うことを聞かないとなってしまうだろう。

今の右翼が薩長寄りの精神を受け継いだものなのかどうかボクには解らない。

さらに戦後はどうか? アメリカは戦犯というものを強調し、悪かったのは彼らであり、国民はそれに踊らされたという常識を作り上げた、とされている。これは左翼がやるプロパガンダを参考にして行われた(このプロパガンダには CIA の前身である OSS が実際に中国やソビエトからレクチャーを受けているらしい)。かくして日本国民は太平洋戦争の罪悪感を感じることなく、それらはすべて戦犯の所為にして高度経済成長時代を築き上げた。
もっとも靖国神社は戦犯を戦犯としては扱っていない。ひょっとしたら靖国神社の中枢の人たちは今でもアメリカ憎しなのかも知れない。

どちらにせよ右翼のやるべきことはアメリカが作り上げた戦前の日本像を丁寧に説明して否定し、本来の大和魂と言われる戦前の日本像を解き明かしていくことが大事だとボクには思えた。そこには武士道といった日本の誇れる正義感や価値観があり、美しい日本とはまさにこのことであろう。というかそれが右翼の目指す社会なのだろう。

だがこれには一つ大きなリスクが伴う。それは太平洋戦争の責任を戦犯だけでなく日本国民全員が背負うことになるからだ。国民みんなが八紘一宇のために一丸となって戦ったのだということを日本の常識にしなければならないのだ。
これが今の右翼が反アメリカになかなかならない理由の一つではないかと、ちょっと思っている。

ところで先ほど美しい日本とは武士道ではないかと書いたが、右翼思想と武士道には矛盾もある。そもそも武家社会は天皇を遠ざけてきたはずで、そしてそのために神道ではなく仏教を取り入れてきた。しかし薩長は天皇を担ぎ上げて江戸幕府を倒幕し、系統化されていなかった神道を無理やり国教に仕立て上げた。

結局の所、我々は先人たちの残した過去の資料から歴史を知ることしか出来ない。そしてその資料を読み解いた一人一人がその歴史を自分の思想の元に解釈し、空白になっている所は想像して、自分が納得する歴史を作り上げていく。
従って明治から太平洋戦争終結までの日本人の感覚・常識・アイデンティティというものが一体どういうものであったのかを正しく知ることはなかなか難しく、また何の歴史資料に触れたかによっても歴史認識は異なってしまうだろう。
そうなると「歴史にその思想の大半を頼る日本の右翼」のアイデンティティというものをちゃんと説明出来る人はいないのではないかとも思えてくる。例えば夫婦別姓に反対する右翼なんかも、いったいどこに伝統の中心を置いているのか、右翼でない人間からするとよく解らないのである。

右翼というとたぶんみんな「あんな感じ」という漠然としたイメージはあると思うが、突き詰めていくとそのアイデンティティを明確にするのは非常に難しいと感じている。右翼の人自身がどのように自己を確立出来ているのか解らないが、おそらく彼らも突き詰めた議論は出来ていないようにも思うが、どうだろうか?

北地蔵の硬派な醤油ラーメン

今日は北地蔵に行った。ここは札幌味噌ラーメンの店なのだが、醤油もある。
というわけで、今日は醤油ラーメンを頼んでみた。

過去にも食べたことはあるんだけど、味はすっかり忘れてしまった。

出てきたのはけっこう黒いスープのラーメン。そして醤油の味がほとんどといえばいいんだろうか。出汁は醤油を邪魔しないようにうっすら。そして醤油の味が濃いんだけどしょっぱいとかクドいとか言うのはなく、スッキリ。東京醤油とはまたちょっと違うんじゃないかなぁと思いつつ、ご飯が合う(笑い

わりと実直に醤油の味を楽しめるラーメンでした。

上のツイートは、スマートフォンの画面からからふと「今、どこ駅だろう?」と視線を上げたら、反対側のシートに座ってる人が全員スマートフォンの画面を見ているのに気づいた時のものだ。その昔、重たいノート PC を持ち歩いていた。電車の中だけでなく銀行・役所・病院の待ち時間で広げていた。
そんなことをしているのは、ボク一人だけだった。みんな雑誌を読んだり新聞を読んだり本を読んだりしていた。ちなみにその頃はネットなんてできなかった。ただ PC の中に入ってるデータで何とかしてた。

それから W-ZERO3 というスマートフォンを使っていた。この頃も、そういった公の場で画面を見ているのはボクだけだった。W-ZERO3 だけじゃなくて携帯電話でもずっと画面を見ていたけど、ガラケー全盛期になると電車の中でボクと同じようにひたすら画面ばかり見ている人を見るようになった。ボクと同じだ! とは思うが、用途はだいぶ違っていた。

そしてスマートフォンの時代である。
みんな見てる。すごいなぁ……。
何を感じたかって?

「思えば遠くにきたもんだ」って感じたのよね。

車は浮いてないし、道路の代わりにチューブが張り巡らされているわけでもないし、メーターだらけでもないし、相変わらず人間は機械の身体を手に入れられてはないけど……ボクが初めてプログラミングというものを知った時から 31 年……未来に来たなぁって実感したよ。