声が大きいだけの人たちをどうするか?

こんな記事をみつけたので、なんとなくそれに関係することをつらつらと綴ってみた。

まぁ最近、ネット上でちょっとしたことでも炎上したり、ちょっとした抗議で取り下げたりなんてのを耳にする。ボクの記憶の新しい所だと、ファブリーズのくさや編だろうか? あれの抗議した人数は 16 人だったと聞いているが……16 人の抗議で CM とりやめる意味ってあるのかなぁ……と思ってしまう(まぁ、地元からの反発というのも大きいのだろう)。
そもそもその CM には 2 億円ぐらいかかってるんじゃないの? よう知らんけど。

まぁ、この記事を書いた人の気持ちも分かるんだけど、とはいえ正論が通らないのもどうかと思う。とくに日本は──と言う言い方は良くないが、まぁボクの体験では程度に思ってもらえれば──正論を言っても相手にされないというか、同調圧力が強すぎて不正が修正されないことも多く、また正論で攻めると切れる人も多い(汗)。
なのでまぁ、匿名で騒いでる連中は相手にしないという文化が出来れば良いのではないかとボクは思っている。

ところでこのネットいじめだが、なんだろうね、ボクは犯罪者の親族や犯罪者の所有物に対するいじめ(というか犯罪行為)にも通じるモノを感じるんだよね。どういうことかというと、例えば犯罪者が逮捕されて無人になった家に放火したり、親や親族に脅迫電話をかけたりするようなことだ。
あれって取り締まってるのかなぁ? なんか警察もそういった行為は野放しというか、あまり関心なさそう。

まぁそんなワケで、21 世紀。まだまだ人間は理性に勝てずにいますよっと。

新卒がなくなる方向になっていくのか?

なかなか興味深い記事をみつけた。

新卒を廃止するというものだが、よくよく読んでみると、新卒という概念がなくなるわけではないようだ。とはいえ、これは大きな一歩のような気がする。
何が大きな一歩か?

ボクは企業の採用は中途採用しか存在しなくて良いと考えているからだ。
そもそも仕事とは自分がやりたいこと、もしくは自分に向いている(と少なくとも自分は思い込んでいる)仕事に就くべきであって、仕方なくやる仕事はその人の人生をいろいろと蝕む。仕事は仕方なくやるものと考えて仕事をされると、クオリティは落ちるし、不正もしやすい。
また仕事に対する将来の展望がないと、学生時代、遊ぶことしかしない。一番肉体的にも頭脳的にもノリにノっているときに勉強しないなんて!

いやもちろん、遊びも本気の遊びならいいと思うけどね。それが仕事になるから。

まぁそんなわけで終身雇用も崩れてきて、欧米型になっていくのであれば、中途採用をやめ、さらに大学なんかも入りやすく出にくい構造にしていく必要があると思う。給与形態だけ終身雇用を辞められても困る! 新卒や大学に入りにくく出やすいという構造は終身雇用が前提になっているはずだ。

ファッションが解らなかったボクへ

ボクは世間から言うと、オタクという部類の人間に入る(オタクから言わせたら、オタクとは言えないだろうが)。
最近のオタクはそうでもないが、昔のオタクというのはファッションに無頓着であった。服というモノは、楽で、夏涼しく、冬温かく過ごせればなんでもイイみたいな考えだった。そしてボクはいまでもその傾向は強い(汗)。

なので、女子高生へのセクハラや性的暴力事件なんかを見てても、そりゃあんだけ丈の短いスカートとかはいてりゃ、レイプしてくれって言ってるようなもんだ、女子高生側にも問題があるだろう、なんてことを思っていた。
駅の階段なんかでスカートを抑えながら登っている女子高生とか、「はぁ? だったらそんなスカート最初からはくなよ、バカじゃないの?」とかも思ってた。

そんな 20 代 30 代を過ごしてきた。

だが、それはボクの浅はかな考えでしかないということに、ようやく(30 代の後半ぐらいからかなぁ)気付きはじめた。

きっかけはスポーツカーだ。ボクは車マニアとかエンスーではないが、運転は大好きだ。そのため、運転が面白いスポーツカーも好きだ。そもそもオートマが嫌いだし、自分で車を操る喜びというものが好きなのである。
それに引き替え、世に出回っている車のつまらないこと……。車好きには本当に生きにくい世の中になったなぁ……なんてことを考えていたのだが、これがまさにファッションと関係することだったのだ。

つまり短いスカートをはいて、誰からもかわいく見られたい……!(まぁ、世の女子高生がそう思って、そういう格好をしているのかは解らないが)という欲求と、キビキビ走ってパワーもあって、運転が心地いい車に乗りたい! というのは、実は同じわがままだったのだ。
世の人は車は道具であって、人や荷物が載って、目的地まで走れればそれでよいのである。スポーツカーなどという、何の操作にしても人間が操らなければならず、人も二人しか乗れない、さらに車内は狭い。そんな車に何で乗らなきゃならんのじゃっていう(前乗っていた Euro-R という車では、同乗者が嫌がることも多かった)。
ファッションも同じ。かっこよく or かわいく見せるには、夏に暑い格好、冬に寒い格好をしなくちゃいけないし、不便な服を着ることもあるのだ。

さらに、夜、黒い服とか着ている人がボクは大嫌いだった。
ドライバーからしたら、発見は遅れるし、暗闇に紛れるしで、黒い服を来ている人は死にたいに違いない! とまで思っていた。

違うのだ、違うのだよ。
スポーツカーに乗りたいのと同じ。黒い服を着たい。それに何の問題があろうか。黒い服を着ることをなぜ責められなければならないのか。その人がそれを着たいのだから、それでよいのである(安全とは別のレイヤーであって、ファッションと安全をそのまま議論するのはおかしいのである)。

というわけで、ようやくボク的にファッションの必要性を理解したつもり。
これで露出の高い女の人を見て、どん引きすることも(あ、もちろん目の保養にはさせてもらってます)、夜道を黒い服で歩く人をみてもピリピリすることもなくなった。
ボクもスポーツカー好き。ファッションと同じわがままを持っているのだ。

シン・コジラともうやんカレー

シン・ゴジラ』を見る機会を得た。

ボクは特撮にも庵野作品にも特に興味がある人間ではないので、今回のシン・ゴジラも別に見に行く予定は全くなかった。のだが、まぁ知人が行きたいというので、ほいほいついていった。

と言うわけで感想。非の打ち所のない、作品だったと思う。
話は単純明快。
リズムがとてもよい。このリズムは心地よさで言えば、誤解を恐れずに言うとラピュタ並みによかった(ただ表現手法はまったく異なる)。
そしてさすが絵の人。絵作りがいろいろ仕掛けが組み込まれていて素晴らしい。もっともボク自身、全ての仕掛けに気づけてないだろうけど。
実はエヴァの映画の三作目『Q』の時は、コンテは確かに凄いんだけど、非常に解りづらかった。
そういったものが一掃され、解りやすく、のめり込みやすいようにできていたと思う。
またわざと 50 ~ 60 年代を彷彿とさせるような色使い、ちょっと仕掛けがバレそうな SFX の使い方(とはいえコンピュータなので、仕掛けも何もないのだが)など、映像作りはとても面白くできていた。今までのゴジラ作品を見ていた人はもっと色んなことに気づけたり、楽しめたりしたんだろうと思う。
今は特撮(というか実写)もアニメも使う技術はほとんどクロスオーバーしてきているから、作る側もかなり応用が効いたことだろう。
あと東京の地図が頭の中に入っている人は、より楽しめると思う。どこがやられて、どこで戦っているのかとか想像できると面白いw

まとめてしまうと、昔彼らがゼネプロ時代(?)に作ってたウルトラマンとか DAICON FILM とかあの辺りの自主制作作品の超エネルギッシュなものがそのまま高度に進化して、情熱はそのままに届いてきたって感じ。

ケチを入れるとすると、官僚制度を揶揄しているのか本当に取材したらああなるものなのかよう解らんが、ちょっとクドい(とはいえ官僚が主人公だから仕方ないか)。あとオタク特有のうっすい右翼思想(これを言葉で表現するのは難しいのだが)が根底にあって、なんていうんだろうね、警察や自衛隊への漠然とした信頼とか、官僚や政治家をポジティブに捉えるところとか、日米関係のステレオタイプな主従関係とその立ち回りとか、ギークの扱いとかがちょっと苦笑が出てしまうくらいにこっ恥ずかしかったが、それらを良しとしての作品だから、それらを欠点とする必要はないと思う。

あ、あと、ゴジラ、尻尾長すぎない?<そこかよ
ただ尻尾にはどうも意味はあったみたいだけど。

閑話休題。
映画は 24 時からだったので、それまで暇だったので『もうやんカレー』に行った。
そしたら、なんと、夜でも 1000 円で食べ放題やってた。
ビーフ、ポーク、チキンが食べ放題。
他にもカレーうどん、野菜類が色々。これで 1000 円は安いかも。

この食べ放題は人気のようで、いつまでやるかもまだ決めかねていて、当分はこの形式で行くとのこと。

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宗教はバカが信じるもの

ボクが時々ネタ探しの時に眺めているサイトに、なかなか面白い記事があった。

このスレッドを立てた人は、その人の書き込みを信じるなら医者で有り、そしてその所為かどうかは解らないが、しっかりと「現実」と「知識」に基づいた発言をしているように見えた。端的な区別をしてしまうと、無神論者と思われる。

さて、この記事にあった、以下のグラフがボクの興味を引いた。

この図は縦がその国の人口における宗教者の割合(%)、横がその国の平均 IQ をしめし、各宗教の信者がどこに位置しているかを表している。コレを見ると明らかなとおり、頭のいい人ほど宗教を信じていないことが一目瞭然である。
なるほど、これは面白い。

その他、気付いて欲しいことはそのグラフの周囲にいろいろ書かれているので、ここでの説明は省略したい。

このグラフを誰が集計し、どこに載っていたものなのか、ボクはちょっと解らない。「宗教を信じる人はバカだ」という結果を導き出したいがために統計を操作したグラフなのかもしれないが、まぁ、そこは今疑ってもしようがない。

だが、「宗教の多様性やその容認は頭が良くなくては受け入れられない」という事は、高校で世界史を学んだ人なら、解ると思う(ヨーロッパにおいて宗教の自由が認められるまでの道のりのことを指している)。そして上のグラフはその延長線上にあるとボクは思い、そして誰しもが漠然と心の中で思い描いていたことではないかとも思うのだ。
ここでもう一つ言えることは、やはり宗教(というか、神)というものは人間の想像上のものであって、この世界に存在しないのではないか、ということであろう。
なかなか宗教者にとっては厳しい現実を突きつけられたと言えると思う。

ただ IQ というものは、頭の良さを測るためのある一つの角度で有り、全てを網羅しているのかというとそう言うワケではないという声もある。IQ テストは訓練すれば上がるという話もある。ただ、それにしても頭の良さを測る指標の一つには変わりはないので、ご託を並べたところであまり意味はないだろう。

では IQ さえ高ければ良いのかというと、そう言うワケではない。日本ではわりと意見の割れる、いわゆる「倫理」の部分はまだ IQ では測れないことが解っている。しかしながらこの倫理というものは環境によっても変わるため、なかなか数値化しにくい。ところが、宗教はこの倫理の指針を示していることが多い。
実際、IQ が高かったとしても、その頭で納得のいく罪の犯し方が説明できれば、それを実行してしまうからである。解りやすい例としては、歴史家や資本家が「戦争も経済活動の一つだ」と言い切って、損得だけで戦争に踏み切る(歴史家なら戦争をそのように評価する)ことだろうか。また、資産家などの金持ちが自分の理論において殺人を犯すことも少なくない。たとえば第二次世界大戦のドイツのユダヤ人虐殺などは、そのような理論の元、行われた可能性が高い。ナチス ドイツの高官たちの IQ は非常に高かったことが解っている。
つまり IQ が高いからといって、抽象的な「人間性」とか「愛」とか「良心」などといった部分まで高いとは限らないのである。

もっとも、宗教もまた、神の名の下に犯罪(テロ)を犯すこともあるわけだが、あちらはちょっと事情が異なる。あちらも知恵と知識を使って宗教をうまく利用して犯罪を犯させている(犯している)のであって、イスラム教という宗教のせいではないと思う。

とは言え、倫理がどうとか愛がなんだとか言っても、世の人たちはそういった抽象的なものよりも IQ という数字を信頼してしまうだろう。

そんなわけで、なかなか興味深いスレッドであった。
ついでにコーランを理解する一つの見方としても、今回のスレッドは面白いと思う。
今後、科学が発達して行くにつれ宗教は滅びていくのか、それとも科学によって新たな再発見があるのか、それは解らないが、今後も様々なことがボクらの目の前に露わになっていくだろう。

侍と徴兵制

今日は GW で、家でなんつーか、企画考えたり、小説書いたりしてた。
で、夜、腹が減ったので、ちょいとエレクチオン・リバーこと立川へ。
に行ってきた。

ボクの中では食べやすい熊本ラーメン(笑)。
今回は炒飯を頼んでみた。うん、しょっぱい。けど、まぁ見た目通りっていうかなんていうか。満足です。

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さて、世の中、いまだに戦争法案だなんだかんだという声がボクの耳にも聞こえてくる。ボクは右の人から見たら左、左の人から見たら右に見えるという中途半端な人間なのだが(ボク的には中道左派だと思ってるんだけど……)、徴兵制を危惧する人たちの気持ちはよく解らない。
と言うのも、既に先進国に於ける兵士の質というのはかなり向上しており、それこそパイロット並みというと解りやすいだろうか? とにかく技術や知識の専門性が日進月歩で進んでおり、徴兵制で有象無象を雇ったところで、使い物にならないのだ。というか教育コストが現実的ではない。
とは言うものの、実際に銃を持って戦えというのは難しくても、運転手や土木作業員(戦争において、土木は重要である)なんかには徴兵でまかなえる分野がまだまだあるため、いわゆるこの手の後方支援での徴兵というのはありうるかもしれないなぁとちょっと思った。物流/医療関係とかね。

あ、あともう一つ、徴兵制があまり現実的でない理由に、経済活動の停滞も考えうるのではないだろうか? 戦争だって経済活動の一つで有り、当然金が要る。となると経済活動も疎かにはできないわけで、徴兵制は今の時代、なかなか難しいような気はしている。

プロパガンダとディスインフォメーション

ZAKZAK という右寄りの記事が情報源で申し訳ないが、植村隆氏が韓国の大学の教授に就任するという記事を見つけた。ボクは朝日新聞の慰安婦記事に関して、そんなにとやかく言ったり、何か思ったりしたことはないのだが、この慰安婦の件は韓国のディスインフォメーション作戦ではなかったのか、ということはずっと気になっていて、彼が韓国から招致されたということは、それを裏付けることにはならないだろうか……とちょっと思ったのである。

日本は携帯がガラパゴスなどと言われたりしたが、これは携帯に限らず、日本そのものがガラパゴスだとボクは思っていて、いわゆる「世界標準」を日本人はなかなか理解出来ないことから来ているとボクは考えている。その点については韓国の方が上を行っていると感じるところがあって(日本人から自己中心的に見えるところや、他を配慮しないところ、声の大きいところとか。そして世界とはそういうものだということ)、国際社会へのプロパガンダを含む偽情報の流布に関する腕は、韓国の方が一枚上手ではないか、と。
日本人は黙ることが美学とすることもあり、よいことも悪いことも、ただ黙々と成し遂げる嫌いがある。

もし、この慰安婦の記事が韓国のディスインフォメーション作戦の一環だとしたら、日本はしてやられたことになり、そして植村氏はそれに一役買っていたのかどうか、そこが気になるのである。彼が──騙されてなのか、工作員としてなのかは解らないけれども──韓国の計画に乗って記事を書いたのなら、何らかの刑法に違反しているのではないだろうか(煽動罪? 外患罪内乱罪?)。その辺、公安はなにか情報を把握したりしていないのだろうか?
まぁ、植村氏自身としても嫌がらせや脅迫、そして訴訟なんかを起こされているので、日本からは離れたいという気持ちも強いのかもしれないが。

ざっとネットで検索した限りだと、植村氏を給弾する声はいろいろ見かけるが、そもそも韓国がこの情報を日本で流布するように仕向けたということについての議論はあまりないように見受けられた(ボクの検索不足かもしれないが)。

実はこういったディスインフォメーションは慰安婦に限らず、韓国や中国、ロシアはいろいろやっている(そして、西側諸国ももちろんやっている。たとえばウクライナやイランの件とか)。なので南京大虐殺なんかも同じような状況ではないかとボクは思っている(まったく殺人行為がなかったとは言わないが)。

ちなみにこういったディスインフォメーションのよい例は「ローゼンバーグ事件」であろう。事件のまっただ中、マスコミや左翼団体が騒ぎに騒いだが、それらはしっかりとソ連の息がかかっており、ソ連の諜報活動の一環だったことがソ連崩壊後に判明している。
別に陰謀論を振りかざすつもりはないが、どんなさりげないようなことでも全力を尽くして嘘の情報や別の答えに導こうとする力は働いていている、というのは常に心にとめて情報に触れる必要はあるんじゃいかと、ボクは思っている。

いきなり話は変わるが、11 月のパケット使用量。10GB 越え。
出向先で BGM を聞くのに Docomo 回線を使っていたのが、もろに響いた。まぁ、12 月は BGM の再生には使わないので、なんとか 10GB 以下に収めたいなぁ……。