北地蔵の硬派な醤油ラーメン

今日は北地蔵に行った。ここは札幌味噌ラーメンの店なのだが、醤油もある。
というわけで、今日は醤油ラーメンを頼んでみた。

過去にも食べたことはあるんだけど、味はすっかり忘れてしまった。

出てきたのはけっこう黒いスープのラーメン。そして醤油の味がほとんどといえばいいんだろうか。出汁は醤油を邪魔しないようにうっすら。そして醤油の味が濃いんだけどしょっぱいとかクドいとか言うのはなく、スッキリ。東京醤油とはまたちょっと違うんじゃないかなぁと思いつつ、ご飯が合う(笑い

わりと実直に醤油の味を楽しめるラーメンでした。

上のツイートは、スマートフォンの画面からからふと「今、どこ駅だろう?」と視線を上げたら、反対側のシートに座ってる人が全員スマートフォンの画面を見ているのに気づいた時のものだ。その昔、重たいノート PC を持ち歩いていた。電車の中だけでなく銀行・役所・病院の待ち時間で広げていた。
そんなことをしているのは、ボク一人だけだった。みんな雑誌を読んだり新聞を読んだり本を読んだりしていた。ちなみにその頃はネットなんてできなかった。ただ PC の中に入ってるデータで何とかしてた。

それから W-ZERO3 というスマートフォンを使っていた。この頃も、そういった公の場で画面を見ているのはボクだけだった。W-ZERO3 だけじゃなくて携帯電話でもずっと画面を見ていたけど、ガラケー全盛期になると電車の中でボクと同じようにひたすら画面ばかり見ている人を見るようになった。ボクと同じだ! とは思うが、用途はだいぶ違っていた。

そしてスマートフォンの時代である。
みんな見てる。すごいなぁ……。
何を感じたかって?

「思えば遠くにきたもんだ」って感じたのよね。

車は浮いてないし、道路の代わりにチューブが張り巡らされているわけでもないし、メーターだらけでもないし、相変わらず人間は機械の身体を手に入れられてはないけど……ボクが初めてプログラミングというものを知った時から 31 年……未来に来たなぁって実感したよ。

なんかおかしな社会

去年の 5 月だったかなぁ? ボクの勤めていた会社は民事再生法に基づいて一度潰れた。で、その後、東証一部上場の企業に買収された。すると当たり前だがいろいろなことが変わった。そのうちの一つが勤怠の管理だ。
ボクが今の会社に勤めていた理由の一つに、勤怠があまり重視されないことというのがあった。仕事があまり詰まっていないときは遅刻とか関係ないし、有休とかも特にこれといってカウントするわけではない。個人の裁量に任されていた。仕事さえちゃんとやっていれば、勤怠はあまり関係なかったのだ。
ところが買収されてからは何時~何時までは会社にいなくちゃいけなくて(コアタイム)、遅刻などは何回で欠席扱いになって、有休も何日までときっちり決まってしまった。

まぁそれは、普通の会社になっただけで、当たり前のことなのだが、基本的に毎日会社に行くことすらアホらしいと考えているボクにとってはかなりの苦痛となった。
で、実際に新しい体制で勤めるようになって一年が経った。そこで感じたのが、会社にきっちり出ていると、社会生活にいろいろと問題が出てくるということだ。

まず、役所・病院・銀行に行くのに有給休暇を取らなければならない。これは丸一日の休みではなくても、午後休にしろ午前休にしろ時間給にしろだ。役所・病院・銀行は生活には欠かせないもので、個人の事情に限らず誰しもが必要なことだ。その必要なことが有休を削って行かなければならない。
それっておかしいな、と思った。生活上必ず必要なものは、会社の出欠とか関係なく行けるようにするべきではないか?

改めて、世のサラリーマンは偉いなぁと思った。そしてどうして土日や祭日の観光地に人が集中するのか、ようやく実感を持ったというか何というか(笑)。就職するとほんとに土日以外に自分の事って出来なくなるのね。なんだこの社会???

でね、思ったのが、そもそも会社に就職したら毎日会社に行かなければならないこと自体がおかしい気がするんだよね。週に何日間働くかなんて当人の自由でいい。もちろん働く日数が少なければ給料も少ないが、それは各人がそれぞれ自分で決めればいいことである。
月に 15 万しかもらえないが、週 3 日しか働かないというのも充分アリではなかろうか?

これから人間の働く環境ってのがどう変化するのかは解らないけど、今の都市生活スタイルも人類の歴史上そんなに長いわけじゃないし、まだまだいろいろと変化してはいくと思う。

セクハラをしてしまう心理

朝日新聞に以下の様な記事があった。

簡単に言うと、介護される側が、介護する側に対してセクハラをすることへの記事だ。
これねー、介護される側がセクハラをしてしまう心理をボクは少しわかった(ような気がした)ので、ちょっと綴ってみようと思う。

最近電車通勤するようになった。でね、電車通勤なんて年単位で久しぶりだし自分自身に色んなコンプレックスがあるから、心の中では凄い緊張してるのね。だから隣に誰か座ってきた時とかは、臭いは出てないだろうかとか狭い思いはさせてないだろうかとか、まーネガティブなことをいろいろ考えちゃうわけよ。
また、席がどこも満席で立ち客がいるような状態でボクの隣りだけ空いてたりすると、「体臭が臭ってるんだろうか?」とか「デブの隣はやっぱりイヤなんだろうか?」とか「怪しいヤツと思われてるんだろうか?」とか「ボクの隣りに座るなんて気持ち悪いと思われてる?」なんてことを勝手に想像するわけ。
他人なんてそもそもボクのことを気にもかけてないし、なんとも思ってないはずなのにねw

そんな精神状態の時にキレイなお姉さんなんかが隣りに座ったりしたらもう大変だ。ボクの脳はひどいもので「自分がそのお姉さんに受け入れられた」っていう感情が湧くのよね。ほんとおめでたい脳みそしてるわ。

他の人がどんな気持ちで電車に乗っているのかは解らないんだけど、まぁボクが公共機関に乗っていると終始こんな感じでずっと緊張しっぱなしなわけ。だから自分の車で通勤したいんだけどさ……。ストレスで死んでしまう。

で、上の朝日新聞の記事につながる。介護をしてもらうような立場の人はたぶん精神的にだいぶネガティブになってると思うんだよね。自分の思い通りのことが出来ない、他人に迷惑をかけている、そんな引け目がある。そんな精神状態の時に自分に優しく接してくれていろいろ面倒を見てくれる人がいたら……。

自分を受け入れてくれている、と強く感じるんじゃないかな。
そしてその心の緩みから下の方もさらけ出してしまう(セクハラ行為をしてしまう)。
そんなことを思ったよ。

日本のグローバル化を阻んでいるもの

ボクが常日頃、日本人を見ていてなんとなく思っていることを二つほどまとめて見た。といっても別に民族性がどうとか、そういう深い話ではない。そして人によってはだからどうしたと思う人もいると思う。
けど、だからどうしたで済ませてはたぶんいけない気はしている。
内容は以下の二つである。

  1. 無勢で多勢を倒すのが好き
  2. 職人が好き

まず 1 から。日本人はとにかく少人数で大人数を倒すのが好きだなーって思うのよね。それは世の作品なんかを見ても思う。少人数で大軍団を蹴散らしたりとか。織田信長の桶狭間が大好きとかね。
でも現実はそんなことはなくて、やはり数は力である。そして欧米はそれをよく解ってるんじゃないかなって感じる。
戦争は数よ。
けれど太平洋戦争とか見ててもわかるけど日本人は奇をてらった作戦が好きだ。夜襲が好きだ。レーダーもろくになかったクセにwww 何言ってんの?www って思う。

次に 2 は専門性を持った人を妙に有り難がるというか、なんというか、この分野はこの人じゃないとダメとか、この機械は使いこなすのに何年かかるとかそういうのが好き。

この二つの何が問題なのか? それはね、このグローバル社会においてこの二つの思想は非常に非効率なものとなってしまうからだ。少人数で大人数がとりかかっている事業に取り組んだり、できあがった製品がすげー性能がいいんだけど、専門的すぎて扱いがとても難しかったり。
日本のプロダクトってそんなのばっかり。
でもそれじゃぁ世界に太刀打ちできない。そりゃ日本人がみんな天才ですっていうんならこれでも全然かまわないんだけど、残念ながら日本の頭脳は今どんどん世界から置いて行かれてしまっている。
そんな状態で、いつまでも奇襲作戦や性能はスゲーいいんだけど数人しか使えないハイテク機器とかあってもどうしようもない。

まぁでも日本で成功している企業は、この二つの思想を持ってないように思う。
SONY なんかはこの二つの思想でもろにやられちゃったイメージ。偏見だけどねww
そんな与太話でした。

男の性欲を侮ってはいけない

男の性欲についての話。朝日新聞に以下の様な記事があった。

女性には理解されにくいのかも知れないが、男は割と性欲が強い。妊娠が不倫のきっかけになるのは割と珍しいことではなく、セックスが出来ないと男は鬱積した性欲をどこかで吐き出さないと気が持たない。
こんな言い方は雑かも知れないが、女性に月経があってどうしても血が流れてしまうのと同じくらい、男は性欲を発散させないとストレスが非常にかかる生物なのである。そう、月経と違って具体的な身体の変化が見て解らないから見過ごされているだけで、性欲を吐き出せない状態の男性は非常に危険である。判断力(つまり理性)も鈍るし、いつ犯罪に走るか解らない。それくらい本人の健康にもそして社会的にも危険な状態だとボクは思う。

だからといって不倫やレイプを肯定するつもりはさらさらないが。

ただ男はそういう生き物であるというのはもっと周知する必要がある気がする。
また、男だからといってみんな性欲旺盛なのかというとそういうわけでもない。
だから恋人同士になったら、その辺の話し合いは充分したほうがいいのではないかと思っているのだが、どうだろうか?
性欲が強いならそれを相手にちゃんと伝える。女性の方も男の要求するセックスの頻度に答えられるか答えられないかをちゃんと考えて男に伝えるといいのかもしれない。

また男の性欲を健康的に発散させる方法というのがあるならば、医学界はちゃんと研究して欲しい。

そして今日の mineo は最悪だったようだ。どれくらい最悪かというとネットサーフィンも出来ないくらいの重さ。mineo ユーザってみんな我慢してるんだろうか? それとも mineo には苦情がたくさん行ってるんだろうか? 気になる……。

本能は思考を求めていない

すごいトートツなツイートなんだけど、要するに便利になればなるほど人って思考を放棄していってるよなって思っただけ。わかりやすく説明すると、たとえば普通に電灯。これの仕組みなんて知らないけど、だいたいは家とかに付いてるじゃない? でスイッチを入れれば、つく。でもどうして光るのかなんて知ってる人なんて、とても少ない。
知らなくても使うことが出来る。科学の勝利だ。

これは娯楽にも言えるのではないかと思っている。その辺は、この記事に詳しい。昔の娯楽は前提知識がかなり必要だった。

でね、このあいだ知人からなかなか興味深い話を聞いた。彼女は漫画のアシスタントであり、比較的シリアス系ストーリー系の漫画に携わっている。ボクなんかよりも世間に出ている漫画や小説を読み、また大手出版社との編集との打ち合わせなどにも顔を出している人間なのだが、曰く、素晴らしい作品よりも刹那的なネタになる作品の方がよく売れていると言う。

もう少し詳しく説明すると、素晴らしいシナリオ、そして素晴らしい絵、それらを満たした作品は確かに評価が高い。誰しも評価してくれる。しかし買う作品は何かというとそういう作品ではなく、一発ネタやエロネタで誰しもが理解でき、同じ感情を抱ける作品が売れていると言う。

特にエロの効果は大きく、内容も絵も大したことないのにパンツや脱衣が多いと言うだけで部数が伸びる。

これはコミュニティにおいて作品を語る必要があるからだと分析する。前者のような素晴らしい作品の場合、「どこが面白いのか?」「何が素晴らしいのか?」というのを説明する必要がある。しかし後者のような作品の場合、「こそあど」で表現が済んでしまう。「○○のアレ、面白かったよね」とか、いや、アレの部分さえもいらないかも知れない。「○○、面白かったよね」で通じてしまう。また、作品を知らない人に勧める時も後者の作品の方が圧倒的に勧めやすい。

彼女自身も、自分が好きな作品というのはあるし、アレが素晴らしい、コレが素晴らしいとは感じるものの、いざ買うとなるとやはり後者のような作品の方に偏りがちだという。動機はシナリオはどうってことないけど好みのキャラがいるとか、そんな程度だ。でもそちらの方が手放しに楽しめるし、その気持ちを他人と共有しやすい。

さらにボクが感じているのが、一作品への思い入れだ。今やお客さんは色んな娯楽に囲まれている。ソシャゲに、漫画に、アニメに、映画に、自分自身の趣味に、エロに……。とにかく娯楽が豊富だ。そうなってくるとじっくり考えさせられる作品なんかいらないし、やってる余裕もないだろうなぁって思う。
特に頭を使わなくてよくて、面白くて、スカッと出来て、いい気分にさせてくれればそれでよいのだろう。

また Photoshop が HEIF に対応してくれないっていう話。
懲りずに言い続けるぞ! さっさと対応してくれぇぇぇぇぇ!!

どうやって遊ぶのかをちゃんと説明する

最近はすっかりショーシャルゲームの仕事ばっかりなんだけど、そんな中ふと思いついたこと。

ボクは基本プレイ無料ってのが大嫌いで、そもそもお金がかかってるものを無料で配布するのはおかしいし、お金を払っているプレイヤーだけに依存するのもおかしいとは思うものの、世間の答はそうではない。実際にガチャを搭載したゲームの方がパッケージゲームより遙かに多くの利益をゲーム会社にもたらしている。

しかしその儲けの主軸となっている「ガチャ」は確実にギャンブルだし、自制を持ってやめられるような仕組みではなくなっている。

また、この手のゲームの場合、金を全く払わずに遊ぶプレイヤーも重要だ。というのもソーシャルなのでそのゲームにたくさんの人がアクセスしていて貰わないとゲームが成り立たないからだ。だから無料ゲームの場合、全くお金を払わないプレイヤーも実はお客様なのだ。

そこで考えたのが、デバッグ会社などに協力してもらって予めサクラを用意しておくというものだ。と言ってもそれはそのゲームが盛り上がっていることを演出するためのサクラではなく、そのゲームの遊び方や面白いポイントを布教し、お金をどこで落とすべきかと言った所までうまくユーザを導くのが役目だ。
またフレンドなどにも積極的になってくれ、プレイヤーが気持ちよくゲームをプレイできるようにお膳立てもする。こうすることによって、ガチャだけに頼らない、様々なゲーム性・システム・アイテムにお金を出して貰うように、それでいて依存症にならずにその人の収入に見合った適度なゲーム プレイが出来るようにするわけだ。

さらにそれがうまく言ったら、プレイヤーの中でもモラルの高い人、上級者などに新規プレイヤーを任せられるようにする。つまり選ばれた一部のプレイヤーに、ゲーム管理者的な機能を渡してしまうのだ。その管理者的な機能は「ゲーム的な機能」でもある。
より優位なプレイヤーになれると同時にゲーム開発者でしかいじれなかった部分もある程度干渉できるようになる(例えば初心者のためにアイテムを増やしてあげたり、クエストのフラグを調整したり自らのキャラが助けたり、そもそもクエストを創出したりなど)。

こうすることによって、いつかはマンネリになってしまうゲーム上級者に新たな刺激と課題を与えることが出来るのだ。

そんなに悪くない考えだと思うんだけど、どうかなぁ。

今日、打ち合わせで三田に行ったんだけど、その帰りに乗った電車が「エアポート快速」というヤツなのね。この快速は地下鉄のクセになんと飛ばす駅があるのだ。地下鉄部分ってだいたい各停っていう固定観念があったので、何も考えずに乗ってしまったのだけど、このエアポート快速は浅草橋駅は通過するという。

仕方がないのでその前の駅の東日本橋で降りたんだけど、次の電車も快速らしい。マジで? じゃぁ次の快速も乗れないじゃん! って思ったら、こっちの快速は浅草橋に止まるらしい(というか地下鉄線内各停)。
都営浅草線はけっこう色んな電車が入っていて、神奈川にも千葉にも行けるので、よう解らん。